江尻憲和ドラムダイアリー(旧サイト編集版)

 

◆お知らせ◆

徒然なるままにコンピュータに向かいて・・書き散らかした、かなり

前の日記、エッセイです。旧サイトで2000年前後に書いていたものです。当時は社会人大学生として國學院大學神道文化学部に通う毎日でした。

データーが見つかったので記録&備忘録としてアップロードします。

(2018/08/19)

 

----------------------------------------------------------------------
                  

2003/09/03  センセいたくないって言ったのに

 

 ◆めちゃくちゃ日記
 歯医者に行く。奥のハグキが痛い。「こりゃキビシイですねセンセ」と美人アシスタントのたひいき。せんせ答え白ししく「キビシーな」とまおしき。我が心ビビリのねずみ男。「はらえたまひきよめたまへ」と心のなかで白す。モダンドラマー誌のコピー片手にひたすら我慢。センセの居ない間に、不安に耐え切れずジャック・ディジョネットのインタビューを読む。『演奏中はオルタード・ステイツになって、ハイヤーセルフにまかせる。アイディアは宇宙の図書館からやってくる…のだ」うーんわかるわかる。これってアカシック・レコードのことだろーな。ようするに神懸り。お筆先ドラミング。フツーだったら狂人の発言だろうな。リックがないドラミングはディジョネットだけ。ふつーは練習したことやっちゃうよな。こりゃほんとのインプロバイズだわな。1歩、いや5歩くらい進んでるわな。キース・ジャレットがグルジェフの神秘学に傾倒しているのもありだわな。うん?!『ゲイリー・ピーコックは耳にトラブルがあってミッドレンジが聞こえない…』ほほんとか?『俺の左耳も25%ハイレンジが欠けているんだ、それってクラッシュが左耳から入るから』これは納得。ドラマーは左耳がイカれちゃうんだよな。フムフム…『だから俺のシグネチュアーシンバルはクラッシュしてもあんまり鳴んないように作ったんだ~』おーそこまで考えてんのか。サステイン短いほうが気持ちいいよなああセセンセ~『イスたおすよ~ますいね~ますい。肩のチカラ抜いてねー痛くないようにゆっくりやっかんね』・・・・『いたくないなたぶんいたくないようにはらいたまえきよめたまいたいんじゃないのやっぱりいたいじゃないのせんせいた、いたた、いたたた、いたたたった・・・・・・・・・・ぶあーん(ますいがきいた)」おわり。

 
2003/07/30   しばらくは合宿が続きます…

■8/1からリズケン恒例のもりもり合宿で千葉に行ってきます。梅雨が明けて、晴れるといいんですが、どうかな?。昨年が第一回だったのですが、みんなでやったドラムサークルは感動しました。今年もすごく楽しみです。大学の前期試験(社会学)があるので夜遅くに車で移動するんですが、どのルートで行こうかな?東京湾アクアラインもありか?。

■3日に戻って、すぐ翌日4日からは明治神宮で8日まで神職の基礎研修です。毎日朝5時から夜10時までスケジュールがびっしり詰まってます。これは一生に一度は経験したかったことがとうとう実現するんですが・・・ようするに修行です。日本人に戻る基礎訓練という感じでしょうか。とにかく禁酒、禁煙など、そうとうハードな五日間になりそうです。(フンドシ初体験も含む)

※研修期間中は携帯電話、電子メールなどの近代デバイスによる連絡が一切取れません。もちろん返信もできませんので、その旨ご了承ください。

■掲示板は現在停止中です。

 

 
2003/06/13    フォトエキスポ2003入賞作品

 
 

 

 「ネコ写真また見せてくれ~」というご要望が多いので
掲載いたします。

 

<お知らせ >
営団地下鉄に使用権を許諾していますので
転載、データ転用を禁じます。ご注意ください。
 

 
2003/03/03     サーフィンひな祭りです

 土日に伊豆にいきました。サーフィンをするリズケンの研究生と一緒だったのですが、初日は強風と大雨、翌日はとんでもない快晴と波乱含みのスポーツ研修(?)でした。まずは下田の手前、白砂で有名な「白浜海岸」でサーフィンです。ここはあまりに美しい海岸で我を忘れてしまいます。はしゃぎまくるサーファーを尻目に、こちらはといえば「白濱神社」のフィールド調査です。

  ここは西城秀樹さんの挙式で最近有名ですが、伊豆最古の神社と言われている式内社(『延喜式』に掲載されている古社)です。この一帯はは伊豆半島の先端にあり、古代に祭祀をおこなっていた場所であるとされています。神社のすぐ裏手には太平洋が望めるのですが、岩場に「どどーん」と轟音を響かせて荒波が打ち寄せ、大島、利島などを遠景に望めます。自然の力を十分に感じるところで、まさしく絶景と言えるでしょう。宮司の方に伺って、すぐ隣にある旧神社の山(ここも祭祀場跡らしい)に踏み込んだのですが、道もなくあまりに森が深いので退却です。神社裏には大潮の時しか入れない侵食洞窟があり、その中に御神体がある、というウワサもあります。こんどはそのあたりを調査してみたいですね。

  そのあと下田のホテルで泳いでたんですが、豪華な「おひなさま」がロビーに飾ってありました。「ああ、ひな祭りなんだ~」…とその時こんなことを思い出しました。ん十年くらい前に行った秋田の山深いユースホステルで「おひなさま」と一緒に家中の人形を飾っているのです。おかっぱの和人形やくまさんのぬいぐるみ、はたまたウルトラマンやサトちゃんやキューピーちゃんまで並べるのです。その数200体あまり。一緒にいた仲間は驚くやら笑い転げるやら…。ユースのお母さんに聞くとこんな答えが返ってきました。「おひなさんだけ飾るとほかの人形が嫉妬するからなぁ~、だからなぁ並べてあげるんだべ、このあたりでは皆やってるだぁ…」なんか涙がでてきそうな気がしてみんな納得したわけでございます。
 

 

2003/02/12   このごろ考えること

 ようやく試験がおわりました。レポートを含めて15科目もあるので厳しかったですね。ホッとしたところで、この一年間を振り返ると、大学に入ったのは正解だったと痛切に感じています。まず一番に、自分が日本人であるという基本アイデンティティーが霧が晴れたように見えてくるということです。特に『古事記』を読むと生活の奥に潜んでいる日本人の行動原理がよく分かります。天皇制のこと、日本の国家が持っている使命、祭りの意味、芸能と神との関係、太鼓を叩くという行為の宗教的意味、日本人は元来多民族国家として出発していること、韓国・朝鮮との関係、などがそれです。これらのことは現在の日本で起こっている様々な政治的なできごと、生活の諸問題、環境破壊の原因、個人と家族、教育の崩壊などとも深く関係していると感じます。戦後の教育においてこれらの古典(古事記、日本書紀)は教科書からカットされるという自国否定とも言える状態が続いていますが、まさに憂慮される事態だと思います。このところ周囲のメディアでもこれらのことについてコメントが出されるようになり、日本人の根源的な自己証明を再確認する気運が高まっているように感じられます。今の日本人の大多数は「擬似アメリカ人」である、ということに一部の人たちは薄々気がつき始めたのではないのでしょうか。

  また、世界宗教の講義では印象に残る解説がありました。それは「世俗化」という定義です。細かい説明は省きますが、イスラムは世俗化していない(一瞬たりとも神の存在を忘れない生活をする)つまり、すべてが神の傘下にあるわけです。しかしアメリカは宗教(つまりキリスト教)が人々の生活の一部、つまりパートになってしまい、ようするに世俗化しているというわけです。日本人のイメージとしてはイスラム教とキリスト教は別だと思っていますが根本は同じです。前者はキリスト教の原理原則をムハンマドの言葉によって忠実に守ろうとする後発宗教で、こちらのほうが真面目だとも言えます。資本主義の圧倒的な経済力によって世界をグロバーバルスタンダード化する(ようするにアメリカ中心にリセットする)動きや、イスラムを「悪の枢軸」と決めつけて戦争を強行しようとするブッシュの言動にはどこか危険な「論理のすり替え」があると感じます。

 

  振り返って日本はどうでしょう?まさに「世俗化」どころの騒ぎではありません。自己確認のプロセスをまったくせずに戦後を過ごし、商業主義に邁進してきた結果がこの状況です。文明としてのテクノロジーは最高ですが、文化としての個性や個人の衰退はかなり病的だと私は感じます。これは都市生活者については顕著で(電車の中の人々の疲れきった表情、マニュアル主義でコミュニケーションの欠如を疑問にも思わない店員などなど)、地方の人たちがまだ完全に「世俗化」していないことが唯一の救いかもしれません。山川や森、太陽と海、稲や田と共に生き、自然の息吹とともに神を感じる暮らしをしている人たちが日本にはまだまたくさんいます。田舎暮らしや「DASH村」が注目されるのは都市生活者の回帰現象なのでしょう。

 

  ここではっきりさせておきたいことは神道は「神社」ではないということです。建物をみても何もわかりませんし歴史を知ってもそれだけです。神社の元来の姿はそこにある山や森(神奈備)や石(磐座、磐境)がそれなのです。その場所に行き感じることがすべてです。本当にいい神社は鳥居をくぐったとき、なにか得体の知れない清涼感や静けさの粒子がビッシリ詰まったような感覚を覚えます。古代の人が感じたものがそれで、この不思議な何かが「神」です。そしてそこが神域になり神社(かみやしろ)となったのです。そういう場所はたとえそれが神社であっても現在は少なくなってきています。神道は知識ではなく「感じる心」だと私は思っています。どうぞみなさんもそれを体験してみてください。初歩は平日の混んでいない明治神宮でしょうか、上級は鹿島神宮の奥の湧き水のあたり(ここはすごいです)がオススメです。


2003/01/28   今年もよろしくお願いいたします。

  年明けて、あっというまに一ヶ月です。怒涛のような後期試験も山場を過ぎましたが、その合い間に償却資産税の申告があります。あまりにデスクに向かっている時間が多いので少し太ってしまったようです。いかんいかん…。

  あ、神社奉仕の報告を忘れていました。とにかく正月はテンテコ舞いです。瀬戸内海の海風の中、おみくじ頒布⇒破魔矢などの授与品担当⇒祈祷受付などをローテーションで受け持つのですが、一昼夜連続でどんどん参拝の方々がきます。ワタクシは途中で休憩させてもらいましたが、ご学友の猛者たちは36時間ぶっ通しです。さすがに若い人はスゴイな~と感動。(おつかれさまでした~。寝ちゃってスンませんでしたぁ)

  地元の高校生や関係者の方々との交流も楽しかったですね。まずは「祭り」というものの現場を体験することができて、ほんとうに勉強になりました。たる酒「酔心」もうまかったな~。またぜひお手伝いさせてください。T宮司お世話になりました、ありがとうございました~!。

 

江尻憲和ドラムダイアリー
 Copyright© 2002 Norikazu Ejiri All rights reserved.


                   

2002/12/30  神社にお手伝いにいってきます

 今日から1/3まで広島の神社にお手伝いに行ってきます。宮司さんは大学のご学友です。用意するものは全部白色で統一です。白い下着っていうのは中学生以来のような気がします。 しばらくぶりにその白パンツをはいてリハーサルすると、子供の頃の運動会がなんでも紅白だったことを思い出しました。紅白対決、紅白の横断幕、白い運動着、紅白のハチマキ、校庭に描かれたトラックの白線、国旗掲揚なんていう儀式もありました。日本の伝統がまだ残っていた時代で、子供心に緊張と不思議な清涼感を感じていました。今の時代では「運動会=イベント」なんでしょうが、当時はまだ「儀式と祭り」だったような気がします。

  「はだし足袋」っていうのを履いて校庭を走ったことも懐かしいですね。スニーカもあったはずなんですが、なぜか運動会はタビ…。今考えるとなんで足袋で走っていたのかよく分かりません。一日で破けてしまうのがもったいない気がしました。神社では白足袋なんですが、デパートで買うと2,800円!。装束専門のお店で買うと1,000円です。さすがプロ価格です。白い鼻緒の雪駄(せった)は入学祝いにTさんから頂いたもの。さっそく活用しています。(ありがとうございました~)

  その神社の初詣は数万人の人出とのこと。どうなることやら…。なにごとも経験ということで、修業の第一歩?に出かけたいと思います。
  
  ※サイトを見ていただいているみなさん、本年中はありがとうございました。よいお年をお迎えください。(神社奉仕体験記は来年掲載いたします)


 
2002/12/10  朝シャン、トトロ、とんかつ…

 日頃気にしていないけど、神道的なものってたくさんある。まず入浴や朝シャン(死語?)日本人の風呂好きは有名だけど、これはまさしく「禊=ミソギ」。つまり水でカラダを清める儀式。これは大学の教授たちもしょっちゅうコメントしている。次に朝布団をきっちりたたんで押入れにいれること。これはある種の『黄泉帰り=再生』。日本人はその単純な行為で自分の命を毎朝活性化してきた。つまりベッドスタイル&万年床ではよみがえらないわけだ。神道では「浄明正直」とよく言われるけれど「きれい好き」は神道の本質でもある。

  自然崇拝としての神道から見れば「となりのトトロ」、「もののけ姫」など一連のジブリ映画もそうだ。単純にファンタシー&エンターテインメントだと感じてしまう人もいるだろう。神道っていう言葉はひとつも出てこないけれど、自然の中に神の存在を見る日本人の心を喚起させてくれる稀有な映画。大ヒットするのは深い意味がある。

  神道的なお店っていうのもある。目黒の駅前にある超有名なとんかつ屋も「祓われている場所」だと思う。とても清々しい雰囲気だ。食べると、うまかったーという満腹感以上の何かがある。その「何か」とはなにか?これは今、日本という国と日本人にいちばん必要なものなんだと思う。

 追記 : TVで『DASH村』っていうのをやってますが、あれってかなり神道っぽいですね。


 
2002/11/22  飲んだらどーなる??のだのだ?

  風邪が長い。まだ咳が出るのだ。寒さが身にしみる冬なのだ。夕方が薄暗いと寂しくなる。ネコもあまり見かけない。冬という季節が嫌いになってきた。世の中が暗いせいかどうかわからないが禁煙しようと思ったら一日ももたない。節煙を念頭に置きつつ毎日のように電車に乗っていたらサラリーマンの大変さが分かってきた。隣に座っただけで運慶・快慶のように相手を睨みつける人がたくさんいる。ものすごく怖いのだ。これほんとの阿吽の呼吸。もう一発触発の状況である。大日本帝国お祓い隊でも出動させるか~と思いながら吉野家じゃない牛丼屋に入った。

  モグモグやっていると妙な感覚におそわれた。奥歯にキャビティーが「ある」のだ。本当は「ない」はずのものが「ある」のだ。舌でさぐるとやはり「ある」のだ。詰め物が取れたらしい…のだが次に来るべき「ガリッ」が「ない」のだ。口のなかにあるコメと肉の咀嚼物にはその予感が「ない」のだ。そうなのだー「飲んじゃった」のだ醤油。こういった場合ってオーマイ!「救急医療搬送緊急手術」なのだ醤油。俺は運ばれておなかきられるのだしょうゆ。のだのだのだのだぷちだのん・・・と我に帰る。

  大学に行き、神社奉職青年に報告詰問する。「飲んじまったんだけど…」「あー大丈夫っすよ、俺なんか3回くらいやってます、はらえたまい~きよめたまえ~」ほんとーか?どーするよおい。どーなのどーなのどあめはもう飽きました?。あしたのトイレが怖い・・・のだ。


 
2002/11/01  風邪にご注意…

 大学後期が始まって一ヶ月たつが、まだペースがうまくつかめないでいる。始めの一週間が演奏の仕事でつぶれたせいもある。まわりではチラホラ「くじけ組」が出始めているので気を引き締めないと3大学連続中退という不名誉な記録保持者になってしまう…いかんいかん。さあやるぞと気合を入れ直しているさなか風邪をひいてしまった。毎年この時期は会社の決算があるので、そちらの勉強やら実務で忙殺されているなかの不覚である。咳が止まらないうえに熱が下がらない。そのうえ、来年度から委託されている新規領域での仕事が既に前倒しで始まっているのでまったく休めない。(いかん…愚痴っぽくなってきた。)

  忙しいことを自慢するほどアホ臭いことはないし、だいたいが仕事の関連付けができずにただ動き回っていることがほとんどである。自分が取り組んでいる自由業的多次元ワークにおいて同時処理能力の低下は絶対に避けなければならない。現代社会もしくは都市生活者において、この同時処理のスキル強化が生き抜いていく要件のすべてだといっても過言ではない。自分はある領域に関しての委託を受けた場合や意思決定の必要に迫られた場合、周辺の情報収集を丹念にやるタイプなので始めは相当ノロノロしている。処理システムがうまく機能するためには合理的なシステムを構築する時間が当初において膨大に必要なのだが、それを見つければあとは最小エネルギーで走れることになる。生命力の低下している時は面倒くさくなって投げやりになるか、それとも異常に完璧主義になるかのどちらかなので注意が必要である。

  会社の経理システムに関しても同様だが、これに関して既に16年も試行錯誤している。設立当初からコンピュータ会計を導入しているのだが、毎年決算期にシステムを見直す必要があり、ソフトのバージョンアップとハードのバランスを取りつつ伝票の廃止を始めとするペーパーレスの方向を探るのは必須であって、「今までのやり方」というイデオロギーにとらわれていれば危機がすぐそこにやってくる。ようするに「どんどん変える」という視点と「絶対に変えてはいけない」という保守性が同居していないと世の中暮らしていけないということである。このあたりの見極めが非常に難しい時代になっていることは明白で、政府の経済改革が進まないのも責任者の立場から見れば理解ができる。しかし議論の段階ではなく決断して実行するしかないだろう。


 
2002/10/12  秋のおすすめアルバム

 
◎ジョン・ピザレリ 『ミーツ・ザ・ビートルズ』 BMG RCA/VICTOR 74621-6143-2 (輸入版)

●とってもお洒落(お茶目)なアルバムです。カテゴリーとしてはスイングジャズ?になるのかな~。ピザレリはギターとボーカルで小気味良くスイングしています。サウンドにホッとする家族的な雰囲気がありますね。ちょっとギターのタイムが突込み気味ですけど、そのあたりに色気があって、お茶目な感じがお気に入りです。チェット・ベーカーのギタリスト版、てなとこでしょうか。モダンジャズの図々しさに飽きた人におススメの一枚です。

●ドン・セベスキーのアレンジも素敵です。ドラムやクラリネットのプレイや音色も「オレは上手なんだゾー」的ではなくて(そういうのが本当にウマいんだけど…)大人を感じます。このごろはこういうのが好きですね。聴いていて絶対に疲れないアルバムですよ~。

 

 
2002/10/02  テレビカメラは回ってないんですけど…

 台風に気を取られているうちに大学の後期授業開始。ひさしぶりに中国語のテキストを開いてみる。ほとんど忘れている。2ヶ月でここまで退化すると知って愕然とした。こりゃーまいったぞ。

  ふたつの提出レポートを抱えていたので、徹夜で仕上げることになった。まずは祭祀学の「故郷の祭り」。これはフィールドワークを要求されている。しかしワタクシには取材可能の「ふるさと」が無い。しょうがないので、よく遊びに行く熱海市網代の阿治古神社というところで夏の例大祭を取材することした。取材自体は夏休みの早い時期に済ませてある。さて書くぞーっと…。

  この祭りは「船みこし」が名物であり、漁船の船体中央に神輿が合体している。小さな赤い鳥居も鎮座しているのがかわいい。1トンもあろうかという舟形山車(?)を70名ほどで引き回すのだが、これが相当厳しい仕事となる。まず町の角が曲がれない。「てこ役」という若集が1メートルくらいの木棒で「そーりりゃっ!」と船尾を持ち上げるのだが、こちらも思わず歯を食いしばってしまう。漁師町ならではの荒っぽさと、男の香りがする夏祭りである。

  町の人はすこぶる親切で、少し質問をすると30分以上も説明してくれる。なにかというと「家に来いよ」と呼んでくれ、缶ビールを飲ませてくれる。どこでもビールと日本酒で大歓迎だ。
  そんな調子で顔役の人のお宅に上がりこんで祭りの由来などを聞いていた。ほろ酔い加減となり、いざ帰ろうとすると元気な漁師のおかみさんが「それでー?いつ放映なの?」と突然切りだしてきた。もちろんこちらは絶句…。どこにテレビカメラがあるっちゅーねん?? そんなことで田舎がないワタクシとしてはひと時の「ふるさと気分」を味わった夏休みでありました。


 
2002/09/20  偶然を装った必然

  ひょんなことから高名な禅僧のM老師とお会いした。そして30分以上もお話してしまった。NHKの「こころの時代」という番組にも出演しておられるらしく、座禅の世界では会えるだけでもすごいことらしい。神出鬼没らしく、いっしょにいたその世界の方が「私なんか4年間も探してやっと会えたんですよー」とちょっとジェラシー含みで笑っている。(恐れ多いことだが、縁があったということで平気でとなりに座ってお話をしていたずーずーしいワタクシ…)

  聞けばヨーロッパから戻られたばかりだという。学生の頃は湯川秀樹博士のもとで物理学をやっていたらしい。音楽の話をした。詳しいらしい…。「ヨーロッパやアメリカは勝ち負けなんです…」「神道は言挙げしない世界です…」話が飛ぶ。乱れ飛ぶように変わる。足がしびれてくる(正座)。そんな対話のなかでいろいろなことを感じた。

  とにかく発しているバイブレーションがやわらかい。たおやかで高い振動である。いい顔だ、いいお顔としか表現しようがない。座っている姿が“据わっている”。あまり質問もせず、ただお話を聞いていたが、ふと妙なことに気がついてソワソワしてきてきた。老師に存在感が無いのだ。幽霊じゃないのは当然だが、妙に透けていて希薄なことに気がついた。(変な表現だが、そうとしか言いようがない)考えているうちに或る事がわかって恐ろしくなった。

  普通の人が「この人は凄い、存在感がある」と言っているその「存在感」とは単なるエゴイズムのオーラなのではないか…。このことに気がついて唖然とした。「オダムドー」の圧倒的存在感、その意味が一瞬にしてわかってしまったのである。老師は説明することなく大きなことを気がつかせる何かを持っている。

  出会いとは不思議なものだ。偶然という必然はなぜ生まれるのか? M老師にまた会いたくなってしまう恋に似た感覚がある。またいつか時が廻って再会できると思う。しかしこれも一切他力だろう。

  「良縁、悪縁すべて良し。無縁は怖い」(お弟子さんのお言葉)


 
2002/09/02  珍獣、混沌、エネルギー

 カフェクレールのライブ終了。今回もたくさんの方に来ていただいて恐縮です。合宿もライブも「人が集まってワイワイ」というのは本当に楽しい。若者まじえて珍獣の森。ようするにメチャクチャなのだが「楽しい、おもしろい」といってくれる人もたくさんいて心強い。

  自分の考えるライブは、ぎりぎり無秩序に近い混沌をどうつくるか?にある。これは案外難しいことである。整頓は安定と保守、混沌は生命エネルギーの泉だが、無秩序は「無」である。エントロピーのさじ加減が珍獣使いの悩みであり楽しみでもある。

  近年、あまりに作り込んだステージや舞台が多い。自分としてはぜんぜん面白くない。「あーパッケージ・ショーだな」と感じて帰りたくなる。一所懸命に練習を重ねて良いもの(?)を皆さんに観ていただく、または聞いていただくという気持ちも分かるが、客としての自分は退屈してしまう。間違えないように「うまくやろう」としているのが分かってしまうからだ。ようするに演出するほうも、段取りして整頓するほうが楽だって事だろう。

  思い出してみると子供の頃の学芸会などはアニマがあって活きいきとして楽しかった。まさにハプニングの連続。先生もそんなことを許してくれる心のゆとりがあった。台詞を忘れちゃったり、転んだり、出番に間に合わなかったりして笑わせてくれる。そんなときにその子の個性が見え隠れしてアニマを感じる。ライブハウスって音楽を聴きに来るだけじゃなく、音楽を通してその人の個性や人間性を感じる場所なのだと思う。それはまさに「生きている=ライブ」ってことを共有する空間なんだなー、としみじみ思う。


 
2002/08/30  ライブハウスは「珍獣の森」

  もりもり合宿も無事終了。あっというまにジャズライブ目前です。今回はY音楽院のOB管楽器隊と珍獣系ミュージシャンの対決となりそう。メンバーや内容は掲示板にて。どーなることやら~。
あくまで「でたとこ勝負」をモットーに「珍獣使い」として役目をまっとーしたい所存でございます。
 「珍獣の森」へのご来場おまちしております。

◆リズケン「もりもり合宿」の写真をみてください ⇒ もりもりもりもり


 
2002/08/09  リズケン「もりもり合宿」にいってきます

 本日金曜から11日(日曜日)までリズケン「もりもり合宿」に行ってきます。千葉の岩井海岸での夏期大イベントです。ドラム、パーカッション、そしてドラムサークルの各レッスン、そして「舟盛り宴会」がついているスペシャルな合宿です。久しぶりのドラムキャンプなのでウキウキしています。天気はどーかな? 晴れたら海で泳いじゃおうっと。ではーいってきま~す。


 
2002/07/30  

   “定例ジャズライブ再開のお知らせ”

 しばらくご無沙汰しておりました。レギュラートリオによるジャズライブの再開で~す!。
 楽しめるプログラムとおいしいお酒、新しい出会い…そんな夜にしたいと思っております。
たくさんのご来場をお待ちしています。(前回満員で立ち見だった方・・ごめんなさい。)


 日時 : 9月1日(日) 7時30分~10時 (7時開場、2ステージ入れ替え無し)             
 場所 : 西新井 カフェ クレール (リンクで地図参照ください)          
 出演 : 江尻憲和 トリオ (Dr: 江尻憲和 Piano: 阿部篤志 Bass: 一本茂樹 +ゲストミュージシャン )
ゲスト: 未定ですが…今回は誰がくるのかなー??
 料金 :  2.500円 (ワンドリンク付きです。他に食事もオーダー可能です)                  

“カフェ クレール”  東京都足立区関原2-16-13 TEL&FAX 03-3880-6645
東武伊勢崎線、地下鉄日比谷線乗り入れ 西新井駅西口より徒歩10分位

※ お問い合わせは“カフェ クレール”、または江尻までお気軽にメールください。
※ 予約はありません。ライブ当日直接ご来場ください。キャパは50人程度です。
※ 「おー行くよ~・・」という方・・ありがとうございます。よろしければメールにてご連絡くださいね。

 
2002/07/09  試験週間です

 ◆お知らせ◆
大学の前期試験が7月27日まで続くため更新をお休みいたします。
 10科目以上の講義をこなしているので目が回りそうです。

 厳しい科目 ⇒ 神道概論、中国語、世界宗教文化論、日本国憲法、地球の大気(物理学)
 予想問題 : 祭祀の機能的特色を述べよ。軸の時代とパラダイム転換とは?我是不是日本人?政教分離における目的効果基準とは?地球上の南北熱輸送の要因について述べよ…????うううううううううううう…タスケデクデー。

 

 「伊夜比古の 神奈備望む桜井の 慎ましくありそのわけぞ知る」


※新潟にて
旧弥彦神社といわれる桜井神社(写真左手の森)
より弥彦山を望む
 

 

2002/06/18   「八咫烏=ヤタカラス」と共に戦った日本イレブン

 日本代表は残念ながら敗退。結果はベスト16でしたが今後につながる素晴らしい試合の連続だったように思います。新潟スタジアムに実際に足を運んだこと、またゲームをテレビ見ながら感じたことは、サッカーは単なるスポーツではなく、各国チームの背後にある「霊性」の戦いであるということです。そのあたりを 「日本の神」というキーワードとともに考えてみます。もちろんこれが個人的な感想と意見であることは言うまでもありません。

  みなさんがあまり気に止めていないことですが、日本代表のユニホームにエンブレムとして付いている 『三本足の黒い鳥』 これは 「八咫烏=ヤタ(ノ)カラス」 といいます。神道古典の記紀(古事記、日本書紀)に登場するもので、神武天皇東征の折、このヤタカラスに導かれて戦勝したことをもって日本サッカー協会のシンボルマークになりました。「日本を勝利へと導いてほしい」 という祈りが込められている、いわゆる「護符=神札=お守り」ですね。これを日本サッカーの守護神とした協会創立当時の方々のセンスと古典への造詣に深く敬服いたします。

  また鹿島スタジアムのすぐそばにある 「鹿島神宮」 の祭神は雷神である 「タケミカズチの神」という武神で、武運長久を祈願する場所として有名です。前述の神武天皇は熊野において苦戦したが、アマテラスから援護を命じられたタケミカズチが投げ降ろした「霊剣=フツノミタマ」により勝ち進んだとあります。その昔から九州に向かう 「防人=さきもり」 たちも 「鹿島立ち」 と言ってここで祈願したと言われています。もちろんアントラーズの選手もそうしていると思われます。よって今回の代表メンバーの中で、鹿島アントラーズの選手が 「霊的」 に重要である、という解釈が成り立ちます。

  そんなわけで、決勝トーナメントの日本敗因を霊的に解釈してみたいと思います。初代・神武天皇が海路を使って日向(宮崎県)から大和へ向かった時、難波(大阪)からの上陸が抵抗に会い成功せず、大和に入ることができませんでした。そこで紀伊半島を回って熊野から大和へ入ろうとしました。つまり天照大御神 (太陽) を背後に頂き 「人知を超えたチカラ」 を得ようとしたのです。前述の 「八咫烏」 は天照大御神(日本の女神、太陽)の命令によってこれを先導をしたわけです。すなわち日本チームはアマテラスの神が霊的中心となり、タケミカズチ(アントラーズよりの代表選手)、そしてヤタカラス(中田ヒデか?)が必要だったと解釈されます。そして予選リーグは完璧に進みました。

  しかし決勝リーグ初戦はなんと 「雨」 でした。アマテラスは出てこなかったわけです。これは 「天岩戸神話=アマテラスがへそを曲げて岩穴に隠れちゃった」 状態です。アントラーズの 「タケミカズチの神」 もアマテラスがいなければ活躍できません。これは単なる 「神話」 世界の話でしょうか?、当日の雨は「天気のイタズラ」ではなく、「日本と日本人への神託」 だと思いますが、いかがでしょうか?。森総理の過去の発言じゃないですが、日本という国は霊的な見地からすれば古来より 「神の国」 とされています。こういったワールドクラスのスポーツで最後に勝敗を分けるのは「人知を越えたなにか」ではないのでしょうか。

  ではアマテラスがへそを曲げたのはなぜか?これには3つの原因があると思います。第一に 「日本人全体の感性が唯物的に傾いていること」 第二に 「日本人が監督や選手個人を見てしまいがちで背後の『なにか』を感じていない、もしくは信じていないこと」 ヤタカラスの意味は大多数の日本人、また選手自身も知らないかもしれません。そして最後に「君が代を起立して歌わない人がいる」ことだと思います。これには唖然とします。スタジアムは当然指示がありますが、テレビ観戦も同じはずです。先日のロシア戦は、さる場所のテレビでみていたのですが、国家斉唱の時に座ったままで笑っている人が大勢いました。これでは真の応援になりません。もちろん外人だったら起立して国家を歌うことでしょう。こういったことは右翼的だ、とかナショナリズムと言われるかもしれませんが、「国民意識である総体としての日本代表チーム」を応援しているのですから当然であると言えます。

  監督がフランス人であることは問題ではありませんが、ゲーム戦略と技術論、そして厳しい練習だけではおのずから限界があるといえるのではないでしょうか。トルシエ監督は「チームとななにか、なにを成すべきなのか」という視点で、日本とはまた違った文化の「霊的なにか=キリスト教的な霊性」を教示してくれたと思います。しかしそれは欧米の文化圏からの発想だと感じます。全力で叫び、声援を送った日本人サポーター達は日本が負けているときに 「なに」 に祈っているのでしょうか? 日本サッカーは ワールドクラスの実績を残したわけですが、日本人のすべてがこの素晴らしい業績と共に、自国の長い歴史とその背後にある「霊的ななにか」を探らなければいけない時期に来ていると強く感じます。

  
 2002/06/14   中国語のインプロバイズで大笑い…

 水、木曜は語学の日。中国語と英語を学んでいます。中国語講師陣はネイティブスピーカーの中国人老師(先生)と日本人のお二人。「中国語はトーン・ランゲージ」と言われているように4種類のトーン(簡単にいうと高、低、上昇、下降)があります。これはかなり音楽に近いわけで、ピッチの取り方によって意味がまったく違ってしまいます。また日本語にない発音も多く、かなり苦戦しています。これは他の学生も同様で、習得にはピッチ(音程)に対してのセンスと良い耳、そして十分な予習が必要です。

  さて、毎回のように講師が例文を読んで学生が同様に発音練習をするのですが、もう大混乱の連続です。たとえば「我的漢語老師是中国人」つまり、「わたしの中国語の先生は中国人です」 日本人なら漢字を見れば意味はわかりそうですね。これをカタカナ発音で無理やり書くと「ウォー、デー、ハンユウ、ラオシー、シー、ゾンクォーレン」となります。しかしですねー、これにウネウネとメロディーを付けたうえに、舌を巻き込んでの難発音が加わると…。

  教室の後ろには毎度のことですが「睡眠的体育会非予習学生」がかなり並んでいるんですが(失礼) 一緒に読んでいると途中で崩壊しちゃうわけです。「うう、うおーでーはんゆーらおすしーすし…ちゃーしゅーめん!」 などと苦しまぎれに大声で叫んでいるのを聞きながら、そのインプロバイズ能力に腹をかかえて笑ってしまっている、そんな愉快な大学の中国語教室でした。再見!

 
 2002/06/06   ワールドカップサッカー観戦記

  なんとサッカー「ワールドカップ」です。ゴルフ仲間が申し込んでいたチケットが当選!、はるばる新潟まで観戦に行きました。アイルランドvsカメルーン、つまり日本での開幕戦です。行きの新幹線はすでにアイルランドの緑色だらけ。(みんな善良そうなオヤジのようですが…?) 新潟駅前より無料シャトルバスで一路スタジアムへ。懸念された混乱もなく無事到着&入場。まだ試合開始2時間前というのに会場は熱気と興奮のウツボ、モトイ「るつぼ」と化していました。

  サッカー初心者としてまず感じたことは「応援のスサまじさ」です。5,000人超のアイルランドサポーターはビール片手に絶叫、ユニゾン合唱、ブーイング、ウエーブ、スプレーホーン(禁止らしいが…)等々、ありとあらゆる合法?行為でカメルーン中津江村軍団を圧倒しまくります。カメルーンサポーターといえば得意のアフリカンドラミングで応酬しますが、なんせアタマ数が足りません。

  中津江村の村長を見かけたという情報もあったのですが、やっぱり応援は「質より量」「楽器より人声」、サッカーは「論より証拠」「百聞は一見にウンヌン」ということ。試合はご存知のとおり1対1の引き分け。フーリガンも現れず、天候も良く楽しいサッカー初体験でございました。

 
 2002/05/28   ひと、いのち、ことば

 「学問はまず言葉の定義が大切である」と先生方は言います。たしかにそのとおりだと思います。自分も含めてあいまいな解釈で発言していることが多いですね。いま反省しているところです。知っている言葉でも概念としては「知らない」場合が多いことに気がつきます。たとえば「神道とはなにか」という問題について「ひと、とは人と人の間に成立する概念であり、すなわち人間である。その人間と取り巻く自然との関係に神道がある」と講義では教えています。
  その「自然と人間」について、平安時代の名僧、明恵(みょうえ)上人が、かつて修業をした島に恋してしまい、「島殿へ」というラブレターを書いた、という話があります。

  『島殿へ』
 
明恵上人は、白上の峯で修行中、弟子の喜海と道忠を連れ、小舟に乗って黒島、鷹島を廻り、カルモ島に立ち寄った際、五日後に迎えに来るようにと船頭に言い含め、三人が島に残ったそうである。 島の南端に西に向かったほら穴があり、この中に数枚の板を掛け渡して仮の庵とし、5日間の修行をおこなった。上人は晩年このカルモ島をなつかしみ、栂尾から島への手紙を送った。 文面の一部に「磯ニ遊ビ島ニタワムレシコトヲ思ヒ出サレテ忘ラレス・・・又其レニ候ヒシ大桜コソ思ヒ出サレテ恋シウ候ヘ」と記し、手紙の終わりに「恐惶敬白 某月日 高弁伏 島殿へ」と記された。使者が「この手紙を誰に渡したらよろしいか」と上人に訪ねると、カルモ島に行って島の真ん中で「栂尾の明恵房のもとよりの文にて候」と大声を張り上げて打ち捨てて帰りたまえ、と申されたそうである。これが有名な島への手紙である。

※ふる里の泉「有田の民話集」(鳥居 勝著)より

 また科学概念と文化概念との違いについてもしばしば言及します。たとえば生命を「せいめい」と読むばあい、これは科学概念であって医療などの現場で使われる言葉となります。しかしこれを「いのち」と読むことは文化概念となり「人間の生命観」ということに通じることばとなります。

  つまり現代医療の場で「死」というできごとをとらえた場合には、あくまで「生物学的な死」いう認識しかありません。しかし神道的に「いのち」をとらえた場合にはそのひとの考えや思いは残されたひとの中に生きていくわけで「いのちは存続する」というのです。すなわち日本人の生命観とは「せいめいかん」ではなく「いのちかん」であるべきだ、と近代合理主義への反省を込めて教えています。
 
 2002/05/18   ドラミングは「美多麻布理」なのでした

 神道祭祀における重要項目のひとつに「鎮魂祭」というものがあります。これは宮中祭祀として行われる新嘗祭(にいなめさい=11月24、25日)の前日に執り行なわれている行事です。一般には「鎮魂=ちんこん」と読まれ、魂を鎮めるという意味で理解されています。正式には「オオミタマフリ」といい、「意富美多麻布理能祭=おおみたまふりのまつり」と延喜式では万葉仮名(まんようがな)で表記されています。
  この万葉仮名ですが、日本語の原点ともい言える表記法で古事記の原文も日本語の発音を漢字一字づつで表記するこの方法で書かれています。暴走族が自分のチーム名を魔鬼死無(マキシム)などと壁に書くことも現代版の万葉仮名表記であり、なかなか興味深い「原点回帰」とも言えるでしょう。

  さて、この鎮魂は「みたましずめ」と「みたまふり」の二義があり、「みたましずめ」は一時的に霊魂の保管場所を設定し結び止める(留魂)法で糸の結び目などを使います。この結び目をを絲結(たまのう)といいますが、転じて「玉緒」となったわけです。つまり「中村玉緒さん」はかなり霊的な名前とも言えます。

  これに対し「みたまふり」はカミの御魂を招いて人々を奮い立たせる法(たまふり)であり、神道における重要な行為として「撞槽=つきふね」があります。これは「太鼓を打ち鳴らす」という行為で、ようするにドラミングです。日本でも古来からドラム演奏が神事や招霊と結びついていたことがわかります。これはアフリカなどにおける「打楽器と宗教」の関係とまったく同じで、ドラマーとは神事における重要な役割を担う「神祇官」ともいえるのです。(祭祀学講義要点、自己解釈含む) 
 

2002/05/14   「祭り」は「まつり」で「待つり」で「祀り」?

 <祭りの基礎概念>
  神道における神=カミは「非常在」、つまりカミさまは神社にふだんは居ないのです。よって来臨を待つ(まつ)わけですね。ですから「祭り=マツリ」とは「待つ-する」わけで「まつ+する」ということになります。動詞になれば「まつる」です。漢字で表示すると日本語の本来の意味が失われてしまうことが多く日本語としてはまずひらがなで解釈する必要があります。この「祭り」ということもそのひとつでしょう。政治することを「まつりごと」というのも「待つ」から来ている訳で、「神から神意を得ることを待つ」ことに起因します。参拝する意味の「参る」も、待つということから変じて「まつる」「参る」「目居る」ということとなり「神様が来るまでじっくりと待つ」ということになります。
  
  「待つ」といえば「待酒=まちざけ」という古語がありますが、これは「ビール頼んだのにまだこないねー」と酒を待っているの図…ではありません。古来「酒」というものは女性が自分の口にコメを含んで唾液と混ぜて醗酵させていたわけで、うまくいけば「うまい酒=アルコール飲料」になり、NGだと「大失敗」となるわけです。まさしく運だめしとなります。つまり「酒造り」は「占い」ということになるわけで吉凶を知る手段にもなります。うまく酒ができれば神様が来てくれると考えるわけです。古来身分の高い女性(酒も造る)のことを「刀自=とじ」と呼んできましたが、これ現代では「杜氏=とうじ」となり男性の仕事となっています。

  また亀甲占い、つまりカメの甲羅に火を入れ割れた部分で占う「トホカミエミタメ」という「太占=フトマニ」ですが、そこにできる「裂け目」という状態も「さけめ=酒め」ということで「神が来るかどうか占う」ということになります。つまり「裂ける」という言葉は「さけ、る」わけで吉凶と関連するとも言えるわけです。(祭祀学講義要点、自己解釈含む)
 

 

2002/05/01  大学でやっていることは学問だった

 大学生になって1ヶ月が経ちました。大学でやっていることはもちろん「学問」です。これは至極当然のことなのですが、自分は実技中心の芸術大学しか経験が無かったので「学問」ということを知らない自分にビックリしました。学生には見識がある人も多く、また教授陣の中にはこれぞまさしく「講義」というような古色蒼然たる語り口の方や、熱弁のあまり黒板にチョークを叩きつける先生など様々なスタイルがあり、熱気溢れる質問の応酬など師弟対決の場面も多々見られます。1年次は講義中心、2年以降は祭祀演習などの実習モノが多くなる予定です。

  ちなみにワタクシが受けている講義は以下です。(抜粋)
 世界宗教文化論、宗教学、考古学概論(史学科の講義に出ています)、神道概論、神道と文化(主題講座で専門ではないが、お金があれば人間は幸福なのか?ということだけで延々と講義が続く。本論は七福神について)中国語(発音練習でシゴかれてます)、古典講読(古事記を原文から読む。(木花佐久夜毘賣=コノハナサクヤヒメというのが気に入ってます)、祭祀学(さいしがく。講義の醍醐味十分です。言葉ではうまく説明できないのですが音楽の感動に近いものがあります。教授は伊勢神宮の神職であった方。)あとは一般教養として「地球の大気」やら「日本国憲法」など。体育実技は社会人コントロールクラスでモッタリやっています。

  特筆すべきは大学図書館の内容です。「図書館ツアー」という学生ガイダンスに行ったのですが、通常は入室できない書庫に入れてもらえました。150万冊(!)という蔵書の中には和とじ本、絵巻物、手書き写本、貴重本など、ありとあらゆる国学に関する書物があり、日本文化や神道について研究する人にとっては重要資料の宝庫です。ワタクシも時間があるときはほとんど図書館にいます。ちなみに今借りている本は、レヴィ・ストロースの「野生の思考」、伴信友全集の第三巻「応声考」。

  こんな調子で始まった学生生活ですが、どう考えてものんびりできる状況ではありません。知的冒険への道は「恐怖の長期頭脳改革」とも言えそうです。ではまた次回のご報告で…。

 
 2002/04/01  しばらくお休みします

 ダイアリーをしばらくお休みします。大学に関してはいろいろと報告を楽しみにしている方もおられるようです。仕事、学生、その他…なにぶん時間があまりに詰まってしまうので、ペースが掴めるまでは少しお休みいたします。
  また「愚痴」っぽいのは元より、変に批判的なことも書きたくないわけで、無理やり話題を見つけるのが辛くなってきたことも事実です。しばらく未知の世界へ踏み込んできますので、リフレッシュしたらまた書き始めますねー。

 
 

2002/03/16  ご報告です  

リンクですよん今春より社会人大学生になります。
 詳細はニュースページをご覧ください。

 

※以下、リンクテキストのコピー

 

ご報告…社会人大学生になりました

本年4月より仕事と平行しながら
大学生として学問、研究することになりました。


 所属先は 國學院大學 神道文化学部 となります。


國學院は神道神職養成機関として由緒ある大学です。
 創立120年を記念し、文学部より神道学科が独立することとなり
日本文化と日本人の心を幅広い視点から研究する
新設学部、「神道文化学部」が今春スタートします。

 私は第一期生の社会人特別選抜学生として
入学することになりました。

 昨年より神道学基礎演習、志願論文作成の準備を始め
提出後、3/9(土)の論文入試、教授面接と進み、
 40すぎのオヤジ(?)としてはかなり厳しい状況を味わいました。

 特に入試本番では久しぶりにシビアな緊張を感じ、
ミュージシャン生活の惰性を一気に転換させられた気がしています。
3/15(金)に発表があり、ようやく合格通知をいただきました。

 「どうして、またそんな訳のわからないことを…?」
とおしゃる方も多いと思われるので、志願論文の抜粋を
 ぜひ読んでいただきたいと思います。


 <志願論文要旨>

 神道文化学部の新設は私にとって共時的な出来事と言えるだろう。
それは三年前の父の葬儀を神式で執り行なったこと、
そして自分が神道の家系に属していることを
改めて認識した事から始まった。

その後、自分の半生を振り返り「日本人とは何か」
 「自分のアイデンティティーはどこに存在するのか知りたい」
この疑問と欲求が幼い頃から常に私の頭の中にあったことに気がついた。

 私は芸術系音楽大学で計五年間、西洋音楽と打楽器演奏法を学び、
その後社会人として演奏活動と音楽教育活動に約二十二年を費やしてきた。
また法人役員として経営実務において約十五年の経験がある。
しかし、私は日本人としてそれをやっていたのだろうか?

 明治の思想として「和魂洋才」という言葉があるが、
 二十一世紀を迎えた今、私の中にある音楽と生活は
「洋魂洋才」ではないか、と感じている。
これは大いなる疑問とクライシスである。
 自分の演奏や思想の根底に日本人という自己認識が
欠けていることに気づいたのである。

 日本人として自分の精神基盤はどこにあるのか、
 今後自分にとってのOS(オペレーティング・システム)
はどうあるべきなのか、
 時間をかけて考察していきたいと思う。

また、客観的に神道を研究していきたいと願っている一方、
 主体的な神道体験として神職資格を目指し、
 神道という日本古来の思想を
自ら体現し実践したいと思っている。
 神社祭式における精神性と祭祀演習は
現在の私にとって「禊」となるような気がしてならない。

そして、教育分野の一端を担う者の責任として
「日本人の心をもって次世代を育てる」
という理念を「神道」という思想から発展させていきたい
 と真剣に考えている。

--------------------------------------------------

私は、いま日本と日本人がアイデンティティー・クライシス
(自己確認の危機的状況)にあると思います。

 確信というほどの実感が伴わないのですが…これは直観です。
 近い将来、日本人全体のアイデンティティーが崩壊する前に
 まず個人として、手を打っているような気もしています。

また、「神道」というと
「おいおい宗教に入ったのか?」
といぶかる人もいるかと思いますがそれは誤解です。
もちろん皆さんを洗脳(?)するつもりもありません。

 「神道」とは
日本人の根源となる人生観です。
 「神道」という宗教はありません。
 「日本人が皮膚に背負っている透明な刺青=イレズミ」
であると私は解釈しています。

この「透明なイレズミ」を研究してみたいわけなのです。
また、この研究が自己の音楽活動にも必ず
良い結果をもたらすと信じています。

もちろん音楽家としての研究、演奏活動、経営実務は継続して精進していきます。
 社会人学生は渋谷キャンパスにて夜間時間での講義、実習となり、
 卒業までの道のりは4年以上かかるかもしれません。
 皆さんには仕事等のスケジュールで調整いただくこともあると思います。
ぜひご理解のうえ、ご協力、ご声援いただければ幸いです。


 昨年以来、こもってマル秘の受験勉強&携帯電話反応なし等、
いろいろとご迷惑やご心配もおかけしたように思います。
ここで改めてお詫び申し上げます。
どうぞご容赦くださいませ。
 合格祝いは辞退しますので…(笑)

 以上、ご報告ということで…。
どうぞよろしくお願いいたします!。

 江尻 憲和

 


 
 2002/03/10  シンボリックな元型を体験する場所

  上野の谷中にお気に入りの場所がある。パン屋の「みかど」と大木がある二股(ふたまた)の道、と言えば「あそこですね」とうなずく人も多いだろう。「愛玉子」の先、元銭湯ギャラリーを左に曲がればそこにたどりつく。静かな寺町の一角なのだが、そこに立つと不思議な感覚が体を突き抜ける。いつまでも立っていたい気持ちもある。そのすぐ横に寺の壁と生垣が二股とは別に続いている。歩けばほんの30秒くらいの小路だが、安堵感を感じられる特別な場所だと自分では感じている。

  先日、画家の横尾忠則氏が二股の道ばかり描いていると知って驚いた。集合無意識に従って創作している芸術家として常に注目されている人である。考えてみれば、ユング的元型としての「二股の道」はシンボリックな場所でもある。私と横尾氏はなにを同時に感じているのだろうかか?そこには無意識の心理学的な投影がある。

  これは21世紀における日本人の「岐路」を暗示しているのではないか。「その場所」に魅入られるのは、深層心理にある転換期の不安、葛藤が投影されている。分岐路に立つ自分は両方の道を見る場所にいる。しかし歩き出してはいない。その遠近法の先にはなにが待ち受けているのだろうか。そこには漠然とした不安が漂っている。そして、人はその一歩を踏み出していかなくてはならないのである。

 
 2002/03/01  「蕎麦を揉む」ならばドラムはどうするのか?

  唯一の楽しみである月例ゴルフに行った。毎日酒を呑みに行ったり、パチンコやマージャンなどはやらない主義なので、自分は金のかからない人間だと信じている。ゴルフにしても練習はほとんどしないし、クラブは中古、いつも出向く栃木の市貝カントリーはおそらく日本一安いゴルフ場で、なんと5,000円以下でラウンドできる。「予算一万円ポッキリ大人の遠足」といったところだろうか。今回は雨上がりの曇天で46,47と不調…。でも花粉が飛んでいなかったので助かった。

  東京に戻ると食事するのが恒例なのだが、今回はゴルフの相棒とその奥さん、そしてワタクシの3人で近所の蕎麦屋に行く。そこは神田にある「まつや」という老舗で修行した方がやっている同名の店で、とっても美味い蕎麦を打ってくれる。あれこれと注文し、まずビールで乾杯。その後ご主人といろいろ会談となった。

  「このごろ蕎麦の太さがバラバラでも気になんなくなってねー、なんか修行中は機械で切ったみたいに揃えたんだけど…」「あははー、やっぱりそうですかー、それって俺達はバラバラ理論って言ってますよー、1/f ゆらぎの世界ですね」「ところでマスターはいくつですか?」「おれ40歳だよー」ここで一同納得の様子。みんな40過ぎているし、そんな感覚がちょうど理解できる年齢だからだろう。また会話の中で「蕎麦を打つ」と言わずに「ソバを揉む=もむ」と言うところもうなずけるところ。職人の蕎麦に対する気持ちが伝わる言葉である。ドラムも「叩く」という人が多いが、あまり音楽的ではないと常々思っている。英語直訳では「PLAY=演奏する」となる訳だ。しかし気軽にどう言ったら一番いいものだろうか?

 
 2002/02/24  横山大観の描く動物たちはかわいいです

 花粉でくしゃみ連発、涙ボロボロの中、上野に横山大観展を見に行く。すさまじい大混雑であるが先日出向いたMOMA展の貧弱さに閉口していた反作用もあり、久しぶりの感動と満足がある。そこには鬼気迫るオーラと安らぎがあり、直感として大観は心眼で描いているのだと感じた。まさに「日本の音」が聞こえてくる作品である。

  「芸術には眼で描く芸術と、心で描く芸術と、二つある。眼で描く芸術は技術が主になりたがり、心で描く芸術は技術を従とする傾きがあります。当然前者は眼で観る外なく、後者は心で読むと云う事になります。」(大観芸談より抜粋)

  ここ数年「日本人とはなにか」というキーワードと共に、人間としてのOS(オペレーティングシステム)を疑い始め、再構築の必要を感じている自分だが、宿命としての西洋化を受け入れても日本人が西洋人になった訳ではない。美術の世界、特に絵画においては和風ミクスチャーである「和魂洋才」やまったくの洋画技法のモノマネである「洋魂洋才」とは違う独自の世界が岡倉天心や横山大観の時代に既に確立されていると感じる。それに比べて音楽はいまだ技術の追従に追われ日本人としての精神性を音楽に反映できていないのかもしれない。まだ100年も遅れているのだろうか?

 
 2002/02/19  高校の帰りにガスマスクは買いませんでした

 所用で上野へ行く。久しぶりに歩く道は高校時代に通学路だった場所である。その筋では隠れファンが多い東上野の松崎商店という米軍払い下げの店をのぞいてみると、当時とまったく変わっていないので嬉しくなった。怖いオヤジ?が店の奥で座っているし、精肉工場のようにつるされたUS-ARMYの商品は不気味な波動で客を圧倒している。屈強な工事関係者が「この防塵マスク使えんのかなー」などと薄暗い店内で質問している様子は28年前とちっとも変わらない。

  そういえば高校時代この店を毎日のように物色するので「アーミーおたく」になりかけた。よく眺めていたガスマスクとか血のついたベルトなどは当時のベトナム戦に実際に使われたものらしく、1973年のベトナム戦争の終結によって流れてきたものだったのだろう。今考えれば相当リアルな状況である。

  冬の季節にはいているお気に入りのブーツはアメ横の中田商店で買った「スワットブーツ」っていうやつで、アメリカの狙撃部隊が履いているやつ。これは機能性が抜群で、ソールのグリップ感が最高である。通気性も良いし値段は4,800円だった。すごく重宝しているが、いまはあまり見かけないのは残念。ヘビーデューティーなんて言葉は死語かもしれないが、機能を追及したプロ用品はやはり素晴らしい。同じようなデザイン物がABCストアで3万円近くしているのはお笑いだ・・・まあ血は付いていないだろうけどね。
  
 
 2002/02/14  昼は夜のために存在しているのだろうか・・?

  「神道と日本人」という春日大社の宮司である方の本を読んでいる。自分の家系もどういうワケか神棚があるのでその筋らしいのだが、宗教という概念はほとんど無く、単純に仏壇が無い家なんだなーと子供の頃は感じていた。しかし3年前の父の葬儀では完全に神道の様式で執り行なうハメになり、びっくり仰天することが多く、古代日本の伝統を自分自身が直接意識するきっかけとなった。

  本の内容は非常に感銘深いものがあり、現在日本の欧米追従スタイルを痛烈に批判している。ようするに日本人が外国のマネをすれば日本は滅びるという予言である。医学博士でもある著者の指摘は世界の中の日本人の役割というところまで言及しており、日本人が古来持っている「共生」という概念が世界を救うとも書いてある。

  もっとも印象深いことは「神の世界は夜=暗黒であり、昼すなわち光とはその闇を意識させる神の手段である」というくだり。考えてみれば宇宙空間は暗黒世界である。人は光の世界が中心であり夜は昼のためにあるような錯覚をしているが、神道の考えはまったく逆さまである。「我欲を捨てよ」と説くことも、その発想が無の世界、つまり闇からのスタートなのかもしれない。

 
 2002/02/08  発掘現場に至る・・時計は巻かなきゃ動かない

 例の歴史的どんぶりを仕入れに行く。その道中で時計屋を発見しフラフラと入店。店主はまだ30代前後の時計職人で修理が専門らしく眼帯ルーペのようなものを片目に装着して作業中である。「あの、この自動巻き君が止まるんですが・・いかがでしょうか」「あー、これですかー、巻かなきゃだめですよー」そうか、自動巻きって手で巻くものだと了解。無知とはこのことなり。

  さて発掘現場の瀬戸物店に到着、物色してあったモノはそのまま売れた様子がない。今日は前回に商売の成り行きをこぼしていた主人ではなく奥方が対応し一言。「これってうちが店始めたときの在庫だよ」「いつなんでしょうか?」「40年前・・・」「・・・・」

  目ぼしいモノを包んでもらいながら聞いた。「もうすぐ店じまいするんですってね・・」「あははは・・またあの人そんなこと言ってんだねー、そんなことないよ」「・・・・・???」まったく良くわかんない店である。でも在庫はすごいし魅力的。「またこんど車できます」とエールを送ると「よろしくね、全部持ってってよー」と来たもんだ。えーい、もう洗いざらい仕入れちゃおうかな。

  ※未発掘物・・・雷文つきの「お銚子セット」があるらしい。欲しい(WANTED)

 
 2002/02/07  その古いどんぶりはどこで??

  サイトのデザインを変更。フレーム付きにしてみようと決断したのは良いが、色合いやレイアウト、文字バランスで時間がかかり、5時間あまり奮闘の末ようやくプロト完成。コンテンツは代わり映えしないけど見た目はリニューアル(笑)。コンテンツも模様替えが必要か?

  コンテンツといえば「ラーメンどんぶり博物館」という珍奇な愚息ページがオール・アバウト・ジャパンというポータルサイトに推薦ページとしてリンクされていることに最近気がついた。ビックリやら嬉しいやら?。ラーメン関連の情報を網羅しているコーナーがあり、またリンク発見後に担当のラーメン博士とメールでやり取りをさせていただき、「がんばってください」とエールをいただく。どのように頑張ったらいいんだろうか?と悩むことしきりだが、とにかく発掘調査および獲物公開を続行するしかないな、と思った。

  そういえば「その古いどんぶりはどこで買えるんでしょうか?」というメールを見ず知らずの方からいただくことがあり、思わず「それはワタクシが最も知りたい事なんです・・アーメン」などと返信してしまっているが、アクセス増加やメールが何度も来るようになったのはそのリンクのおかげかもしれない。(多謝??)

 
 2002/01/30  雷文どんぶりデッドストック発見(珍品あり)

  北千住の大黒湯の話を先日書いたが、その道すがら古びた瀬戸物屋を見つけた。路地裏にあるその店はいかにも昭和初期から営業している風情で、雷文どんぶりデッドストックの予感が・・・。ありました、ありました!!もう30年は経っていると思われる印判雷文の焼きそば用円形皿、直径7センチ強の小皿(珍品)、ふた付きカツどん系どんぶり(大珍品)などなど、あるぞあるぞの大漁歌いこみ。さっそく声をかけてみることにした。

  「どーも、あのーこの雷文たちなんですけどー・・」店主いわく「あーすごい古いやつね、いま売れないんだよねーこーゆーのってね、いっぱいあるよー。あのねーうちってもうすぐ店やめようかと思ってんだよね、だっていまこんな店で瀬戸物買う人いなくなっちゃって・・・(だんだん暗い雰囲気に・・)みんなスーパーとかで買うわけでさー、店じまいする時にセールやるよー、そしたら安く買えるよー(だって今の値段だって一枚200円とかなのに・・)まあ今年いっぱいかなー・・・」

  なんか今の世の中を象徴するようなお話でまいったな。まあ雷文どんぶり集めてる変人もそうは多くないだろうし、少し待ってみようかな・・でも今度行ったら店が消えてたらどうしよう?変な悩みを抱きつつ今週仕入れに行こうと決心いたしました。(これを含め新着モノが溜まってきているので、後日アップ予定でございます。)

 
 2002/01/25  No Overdubs & No Headphones

 会社のロビーで流れていたドラムがやけにカッコいい。「これって誰?」とY氏に聞くと、「スタントン・ムーアですよ、ギャラクティックのドラマーでニューオリンズ系ですね・・」とご教示いただく。MDにダビングしてもらい聞き込んでみるとStanton Mooreのソロプロジェクトらしく、1998年ニューオリンズのライブトラックで、とにかくドラムサウンドが良い、そしてこの地域の特色でもあるバンド全体に独特のカラーが聴き取れる。それは倍音の豊かさとも言えるし、またクッションの効いたグルーヴと絶妙なアンサンブルもその要素で、どうしても出てしまう嫌味な個人の自己主張が皆無で節度があり、とても気持ちが良くバンドがドライブしている。

  ドラムに関しては「鳴り」というものがあり、シェルの共鳴度が録音に出るのだが、このアルバムは近年では一番それを聞かせていると思われる。「グレッチだともう少し硬質な感じだしなー、古いスリンガーランドタイプの音だな・・」などと思いを巡らしていたところ、付属の写真資料を見たらまさしくそうだった。リムショットの音色がその証拠になっている。

  「うーん・・」と唸らせられるのは、アルバムのライナーにしっかりと、また意図的に[ Live, No Overdubs & No Headphones ] と記されていることだ。このCDは本当の音楽、そしてアンサンブルとサウンドの意味を深く考えさせられる素晴らしい作品であると思う。

 
 2002/01/20  わけのわからん高校生活と超レトロ校舎

  北千住の大黒湯というその筋では有名な銭湯に行った。ようするに昭和初期の装飾がそのまま残っているオリジナル物件で天井の彩色絵巻が素晴らしい。この頃はこういったレトロ調やノスタルジックな場所が流行らしく様々な雑誌で紹介されている。俗に言う「癒し系」といったところだが、よく考えると元々は派手な装飾と豪華建築であったわけで、その昔は相当粋な場所であったと思われる。その大黒湯の彩色天井を見てある風景を思い出した。

  自分の通っていた高校は元浅草という下町にある創立1888年、元女子師範学校という超レトロな学校で、その校舎というのがやはり凄かった(岡田信一郎という建築家の作品らしい)。明治の初期建築らしくゴシック様式のようなアーチ、漆喰壁、木製階段と彫刻、迷路のように入り組んだ廊下と間取り、校舎の外壁には鷲のレリーフ(これを剥ぎ取ってもっていく輩が多く、ところどころ欠損していた)、極めつけは時計台で、なぜだか知らないが「アルモンドタワー」と呼ばれていた。その内部は木製螺旋階段で頂上まで登頂(?)可能で、不思議なことにその頂上にはピアノがあり、私を含めた不良グループの溜まり場と化していた。夕暮れ時となれば紫煙をくゆらせながら(?)のピアノバー、はたまた不純異性交遊の現場として珍重され、教育現場にヨーロッパの古城とカトリック教会、吉原とホーンテッドマンションが同居しているという摩訶不思議な環境であった。

  また教室もすさまじく異様で「作法室」という明治女子教育のお仕置き部屋のような場所が、平然と授業で使用されており、天井には大黒湯と同様の彩色様式を留め、まるで映画のセットか明治記念館で授業を受けているかのような状況であった。そんな中での高校生活は破廉恥大会ともいえるもので、カンニングがバレて吊るし上げられたり(英語の宮村先生、この女史は高名な映画監督である恩地コーシローという方の娘さんであったため、不良に対して情が深く、恩赦していただいた。多謝・・)また以前にも書いたように学校帰りの雀荘で官憲に踏み込まれたり等々、成績が地を這うような状況でも毎日が天国のような日々であった。そんな校舎も耐震問題で数年前に取り壊しとなったのは非常に惜しい。あんな環境は二度と手に入らないだろうに・・。


 
 2002/01/17  トラッキング・システムでステイタスをサーチ??

  アメリカから買った古くて小さなドラムセットが会社に届いたとの連絡あり。よし早速あけてみようと思ったら、パッケージがひとつしか見当たらない。ふたつあるはずですがね・・。やっぱりないよね・・どこかに隠されてるんじゃないか・・無い・・。ようするに届いていないのだ。しょうがないのでUSPS(アメリカの国際郵便)のトラッキングシステムで調査することにする。インターネットで荷物の配達状況を追跡できるのだ。まず届いた荷物のIDナンバーをサーチしてみると、現地での集荷日時、アメリカ本土の出発、日本到着、通関状況などあっという間に出てくる(もちろん英語で)。それによるともう配達されたということだ。(そうだよね、だからここにあるんだよね)

  さて、問題の未着パッケージのIDを入れると・・・おや?日本到着の日時が違うぞ?違う便に乗せられてきたのかな?。しばらく間をおいてサーチすると税関で2,3日留まっていたことが判明。ということは明日には届くのかな?。お早い到着をお待ちしております。

 
 2002/01/08  いろんな人が一度にたずねてくる日があるのです

 さて、もう正月気分ではないのだ。今日は来客がたくさんである。まず弟子で現役ドラマーのT氏が午後2時やってきていろんな話しをする。まず肉体的故障と精神的打撃等のトラブル対策について、そして音楽的耳を形成、成長進化させる為のスペシャル楽器試奏会を一通りおこない、その後駅前にて食事、解散。

  会社に戻ると元スタッフで現在楽器レンタル会社社員となっているH氏が家族と来社中。子供のTちゃんと1時間くらい絵を書いてあそぶ。自分の名前を鏡文字で書いたりするのが面白い。
  
  入れ替わりに韓国からE氏到着し現在リズケンに在籍中の同じくE君と共に歓談。このE氏は現在韓国の大学院で神学を学ぶ牧師の卵で、もちろんドラムも上手。ハングルの発音方法などいろいろ話題しきりで盛り上がり、気がつけば深夜となって解散。「友、遠方より来る」の一日だった。

 
 2002/01/03  改造の虫がなぜか正月に動き出す・・??

  正月だというのに特にイベントもないので、以前からほってある18インチのコンサートタムをベードラに改造してみようと突然思った。これは1980年代のロジャースというメーカーのそれで、メイプルシェル、8ラグ、カバーリングはライトグレーパールという仕様。どうにも使い道がないので流行の“タイニーキック”(ようするに子供用ベードラみたいなもの)にカスタマイズするのだ。計画は以前からあったのだけど、実際の作業は久しくやってないのでワクワクするなぁ。

  さてやるぞと・・、タムのボトムにベアリングエッジがないので適当に角度をつけるためヤスリでゴシゴシ。この角度が専門的には45度が良いなどといろいろ研究されているようだが、ワタクシの経験ではドーでもいいような気がしている。アングルがあり過ぎるのは良くないけど適当に丸くなってれば音は出る。そんなことで良い加減のところで終了して、ラグの穴あけに突入・・電動コケ・・いやモトイ電動ドリルでこれまたハデにギューンギューンと歯医者のようにくり抜き、ほかのタムからかっぱらったラグと適当なタムホルダーをつけて本体終了。購入してあったダイキャストリムをヘッドと共にマウントしてできあがり。うーん深さが10インチ程度なのでカワイイなー、そういえばあとレッグとライザーが必要かな・・来週あたり付けてあげましょう。
  
  仕上がって眺めてみるとなかなかのモノですね。ちっとも使っていなかった楽器がカスタマイズで生き返るのはうれしいものです。よくリハーサル用と称してミニサイズのドラムセットを持っている人がいるけど、結局は本番用のセットを持っていくしかなくてあまり使わないらしい。そうだ、これにティンバルをマウントするといいんじゃないかなー、ベードラ付きのティンバルセット・・座っても演奏できる・・・これですね。

 
 2002/01/01  謹賀新年 あけましておめでとうございます

 みなさん、あけましておめでとうございます。2002年はハワイで豪勢に、はたまたひっそりと田舎の温泉で・・・などなど企画はありましたが(大ウソ)東京で新年を迎えております。誰もいない会社のスタジオに改造予定のドラムを並べてサウンドチェックにいそしんでいる、マジメなワタクシでございます。

  昨年は多数のかたにアクセスいただきましてありがとうございました。本年はダイアリーの更新をもう少しペースアップしてがんばりたいと思っております(笑)。またコンテンツのリニューアルもおこないたいと考えておりますので、またお気軽にご来訪いただければ幸いです。

  このサイトをオープンしてから音信不通だった方々からたくさんの近況報告メールをいただきました。またまったく未知の方、音楽ファンの方などからご連絡いただきうれしく思っております。それがきっかけとなり掲示板やメール上でお話をしたりすることを楽しんでおります。このページに偶然たどり着いた方、ぜひ、お気軽にご連絡くださいませ。

  2002年がみなさまにとって素晴らしい年となりますようお祈りいたします。(エジリノリカズ)
 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2002 Norikazu Ejiri All rights reserved.


 
 2001/12/28  大掃除、焼肉屋、ボーリング大会はストライクが・・。

  今日で3日続いた事務所の大掃除が終了。総勢10人あまりがきれいにするという目的だけで働くのはとっても楽しいもので、そのあとの納会で酒が飲めるというのもまた大掃除というイベントの盛り上がりをを加速しているようだ。あたりがピカピカしてくるとなんだか新年が間近に感じられて、寒い冬の物悲しさも和らいでくる。今年の大掃除のニュースは会社の資料となっているアナログレコードの引越しで、約1000枚あるその前時代的録音盤を駅前の事務所に移動した。まあとにかく重く、かさばるしたいへん・・・。久しぶりにゆっくりと、あるいはひっそりとアナログ世界を堪能したいのだが、装置無し。やはりオーディオセット一式を再び購入かしら・・?

  さて大掃除のあとはお馴染みの焼肉屋で狂牛病の話をしながらシコタマ肉を食う、飲む、騒ぐのオンパレード。調子に乗って2次会はボーリング大会へ突入。投げる、叫ぶ、笑い転げる・・・子供みたいに遊んで楽しかったなー。スコアーはどうですかって? 2ゲームやってトータル250点てなとこですかね。Gマイナーは無し。ストライクはさみしく一回、スペアーは10回くらい。でもボーリングの醍醐味はストライクの連発にあると思い込んでいるので、ちょいと残念。そうこうしているうちに気がつけば2001年も瞬く間に終わり、正月を迎えているんだろうけど、あしたはドラムを出して磨いてあげようかなー。


 
 2001/12/20  個人がいない日本( タクシーは個人?? )

  なぜか解らないが、近ごろケイト・ブッシュの歌声をよく聴くような気がする。幻聴だろうか・・それは街中で流れているような気もするし、テレビのCMかもしれない。心理的なデジャビューもしくはシンクロニシティー。自覚して聴いているのはキャロル・ベイヤー・セイガーの「サムタイム・レイト・アット・ナイト」これは81年の作品だがCDが出ていなかった。最近ひょんな事でアメリカで発売されたことを知ってさっそく買った。以前からあるアナログ盤の歌詞カードを読んでみると今の自分が共時的に語られていてハッとさせられる。これも所謂シンクロニシティー。
  
  ドラム仕事の遍歴を振り返ると女性ボーカルとのかかわりが圧倒的に多く、自分のエモーションが揺り動かされて反応するのが良くわかる。「男だからオンナが好きなんでしょー」ってあたりまえのように言われてしまいそうだけど、それとは違う気がする。そのひとの中にある「個」の部分に反応しているんだろう。女性のなかにそれを感じるというのも意味ありな話だ。
  キャロルのアルバムを聴くと、この人は「ひとり」なんだなーと思う。そんなのあたりまえじゃんか・・という「ひとり」とは違うんだなー、「個人」って言ったほうがよさそうだ。でも「孤独」じゃないんだよなぁ。個人だから自分に縁があるものが見えてるし、そこに本当の出会いがあって燃えるような恋がある、そして歌が生まれる。そんなモードがはっきり見えている感じ。
  今の日本の歌にはそんな必然が感じられないし、それを探してもがいている歌が多い。その原因は「個人」という概念が必要なんだけど宙ぶらりんになっていて、日本人が古来もっている全体性や集団主義と相容れなくなってるからではないか・・。日本人が変わり始めている、いや変わらないと危ない・・・。それに気がついているのは一部の女性たちと、ある種の男性(オカマチックな感性の人、小泉首相もそうかな・・)だけかもしれない。


  
2001/12/13「ワタクシはドラムを手で叩いています」というあたりまえ

 以前に中伊豆の某そばやに行った時の話。そこはグルメ誌では評判の店でそば粉10割の蕎麦を打っているらしい。まあソバは好きなほうなので期待して行ってみたのだが、出てきたざるそば(通はせいろって言うのか?)なんだが、それがそうめんのような細さ・・なのである。そんなものなのかと思いつつ食っていたがどうも美味くない。店の雰囲気はよくある田舎の民家風で、グルメ雑誌によく出てくるようなステレオタイプだし、お客もそんな風なプチグルメ女性だらけ。ちょっと考えてみると、ここの主人は「オレは10割蕎麦がこんなに細く切れるんだぞー」てなことを自慢しているような、そんな気もしてきた。おまけに値段もすごい。どうもウソ臭い感じがまとわりつつ金を払い店を出てからが最高だった。そこから10メートル位のところにもう一軒そば屋があって、店先にはデカデカとこんな看板が掲げられていた。「ここは普通のそば屋です」・・・・あはははははは・・・大笑いだー、やったー、いいぞいいぞ!中をのぞくと「かつどん」とか「カレー南蛮」「親子どん」なんかのメニューが当り前のように下がっていた。ちきしょう、ここで食えばよかった・・・。

  先日この話をゴルフ仲間にしたら大笑いして「だいたい蕎麦って手打ちが当り前なんでしょー、それになんでわざわざ何割蕎麦ですとか、なんとかの粉使ってますとか説明するんだろー。うんちくタレてると乗りがわかんなくなるし、みんなスペックに誤魔化されてるんすよ・・」その通り。手打ち蕎麦ですってか?普通にあたりまえにそばを出して欲しい。こんど「ワタクシはドラムを手で叩いています」という看板でも出すかな・・。


 
 2001/12/6   ある音楽家の誕生

  昨日は母親が合唱で参加しているベートーベン第九の演奏会に行った。「音楽とは音そのものではなく、音で何かを表現する行為である」という定義を再確認するような現場である。プロであるオーケストラ・・もう100回は演奏しているであろう、その表現意志の脆弱さに対し、ベートーベンとシラーは何を伝えたいのか、その人類の遺産とも言うべき深淵な音楽の入り口に立つ平均年齢60歳以上のアマチュア合唱団200余名。人生の荒波を超え音楽表現のステージに凛として居並ぶその姿は断然輝いていた。「苦悩を越え歓喜の歌を高らかにうたう」感動と神の祝福がそこにある。

  「音楽表現の意志を持つことが音楽家であるならば、そこにはプロもアマチュアも無い、むしろアマチュア=あなたがたのほうが音楽家である。」私が音大時代に参加していたオーケストラの指揮者である故芥川也寸志氏が何度も発していた言葉である。母親は自分の意志で「世界の人々が友となる」ことを願い、そして歌ったのである。半年の練習と1日の演奏会で彼女は音楽家となったのだ。おめでとう!ブラボー!。


 
 2001/11/30  ジャズにおけるリズムの源流とは・・

 このごろ取り組んでいる研究はアメリカ音楽の歴史的源流を探ること。とはいってもアフリカではなく、ヨーロッパ中心で、特にケルト文化とアイリッシュ関連のリズム(リール、ジグ等)、それにファイフ&ドラム(Fife&Drum)と付属するメロディーが中心である。このファイフ&ドラムとは一言でいえば横笛を吹きながらスネアードラムとベースドラムで行進するマーチングの原型で、起源は中世のヨーロッパの軍楽隊にさかのぼる。
  ようするに鼓笛隊というわけだが、これがどういうわけか良く知っているメロディーだらけで、「わらの中の七面鳥」とか「おじいさんの古時計」など日本人には替え歌(?)としておなじみのものも多い。「ビックカメラ」のCMもそのひとつ。これは明治時代に音楽教育の基礎がスコットランド出身の教師達によって編纂されたことが原因であり「♪あらまっちゃんでべそのちゅうがえり♪」とか「♪ごんべさんのあかちゃんかぜひいた♪」なんかもそれ。これらはスコットランド、アイルランドのメロディーが輸入されたものである。
  
  これらのトラディショナルと呼ばれる曲はほとんどが作者不明で、移民と共にアメリカに渡り、歌詞が付き楽譜が出版され一般化していくわけだ。これらの伝統的演奏法はワンコーラスのメロディーを繰り返しながら2回目、3回目とだんだん複雑にひねりを入れていくことが一般的で(ケルト的モジュレーション)、ドラムのテクニックバリエーションのことを“フィル=Fill”と呼んでいる。今日のFillとは意味が違うわけで、私はこれがジャズの即興演奏の原型だと考えている。
  
  近年アメリカでも「ジャズの起源はヨーロッパ、アイルランド系の音楽」という学説が唱えられているらしく、我意を得たりという気持ちである。ケルト起源のリズムであるリールやジグは独特のスイング感があり、バッハなどの曲もその時代では“やや跳ね”的に演奏されていたとも想像される。現在のファーストスイングはリールの感じに近いし、9/8で表記されるスリップ・ジグと呼ばれるダンスチューン(バッハにもあり)はジャズワルツのグルーブそのものである。そういった意味ではジャズの3拍子はワルツではないとも言えそうだ。
  
  最近注目されているビル・スチュワート(ドラム)のライブビデオを先日見ていたら、最後の曲で「When Johnny Comes Marching Home」をやったのでビックリした。バップ系スイングにアレンジして演奏していたが、これこそトラディショナルなファイフ&ドラムの代表曲であり、原型はジグ(Jig)である。さすがに評価が高いだけあって非常に感性が良いと感じた。この人は現在もっともジャズという即興演奏の源流に近い気がする。 ◆Fife&DrumのCD付き曲集はリズケンの販売部門で輸入しています。目からウロコは確実です◆

 

 
 2001/11/19  おいおいおお・いおいおいい・・ああああああっつーーー!!!

  ライブその後・・・<ゴゴッフォッ・・・風邪か?カゼだろうな・・かぜですねやっぱり>腰痛いな、テレビ観ながら寝るかな・・なんだこのオッサンたちThe Whoのコピーバンドやってんのかな?・・・おいおいおお・いおいおいい(ダブルパラディドル状態)。本物だよー、ザ・フーだべな、ロジャー・ダルトリーうたてるよ、ピート・タウンゼント風車奏法やてるよ(口が回らないモード)、ベースのなんたら難しい名前の・・なんだっけ?おおっ、やってます弾きまくりですね、相変わらずクールだな・・キース・ムーンどこ行った・・<死んでますよとっくに>そうでした、でもこのドラムカッコいいな・・誰じゃろ?・・ああ涙でてきた・・ニューヨークのために集まったんだなー。フーっていつも一所懸命だし、青春の香りがするなぁー。素敵なオジサン達に乾杯!!。

  昨日の夜・・「あああーっ・・・・・・・・・・おーーー・・・・・あああああああああああああああっつーーー!!!」たぶん日本中これだろうなー。流星的絶叫大会凍え死にモード。流星鍋うまかったけどカゼぶり返しです。


 
 2001/11/12    お誕生日にライブで楽しかった(45歳)

  バースデイライブ盛況のうちに終了です。多数の皆様にご来場いただきましてありがとうございました。トリオのメンバー(江尻憲和、阿部篤志、一本茂樹)に加えて、萱谷亮一(ビブラフォン)、石川武、藤川真由美(パーカッション)、宮地良幸、山村牧人(ドラムス)、心をこめたピアノソロを聞かせてくれた柏木玲子バンマスなど、気心知れた各氏に加えて、京都から参加の渡辺セイスケ(ボーカル)毎度おなじみの中学生ジャズギャル矢野沙織ちゃん(アルトサックス)、、ワイルドでアバンギャルドなプレイを聞かせた鈴木シュンスケ(ピアノ)などなど異業種混合のミュージシャン達が無節操にセッションを繰り広げるという予定どおりの楽しいお誕生日ライブとなりました。みんなありがとう!!

  またバースデイということで心温まるプレゼントも多数いただき感動いたしました。本当にこころよりお礼申しあげます。2歳から音楽に親しみ、18歳のときにドラマーとして仕事をスタートして45歳となった今、「音楽をやってきて良かったなー」と心から思っている今日この頃でございます。

  <Forever young> を合言葉にこれからもまたがんばっていきたいと思っておりますので、今後ともお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。多謝多謝・・。

 


  ※ケーキもらうの図(マスターの娘さんカワイイ・・)


 

   ※ドラム演奏の図(けっこう真面目)


 
 2001/11/02 キース・ジャレット、ジャック・ディジョネット、池の鯉

  キース・ジャレットってその昔はあんまりピンとこなかった。どちらかというとバド・パウエル&フィリー・ジョー(ジョーンズ)がお好みで、特に「MONOPOLY」が入っているアメイジング・バド・パウエル(#5だったかな?)は大好きな一枚(近年復刻のCDが出た)。もうパウエルは例によってヘロヘロなんだけど必死でフィリージョーが支えているのが良く分かるし、すごく人間味があって今でも良く聞いてる。
  
  さて、キースは例のトリオでスタンダードをやってるわけだけど、「Whisper Not 」のライブアルバムを買って驚いた。うまい!=音色が良い=高いピアノだわな=スタインウェイ?=タッチが良い=滑らかで速い=リズムがやわらかい・・・まあ文句のつけようがない感じ。ディジョネットは左手のタッチを弱く改造したようでもあり(楽器のバランスが以前より良い感じ)キースとのインタープレイは芸術の領域にあるといえる。ピーコックも控えめながら堅実なプレイで二人に絡み、全体のサウンドは「響き」と「空間」を十分に感じさせる非常にエロティックな大人の芳醇さを持っている。これを聞いちゃうと他のジャズが子供っぽく聞こえちゃうのは少し困ったことだ。
  
  そういえば今年の来日公演は東京文化会館(クラシック扱い!)だったけど、気がついたら売り切れ・・・・・次回はいつなのか?早くこいこい、池のコイ(♪)。

  ◆お知らせ◆ : 11日のジャズライブはゲストとしてビブラフォンの萱谷亮一君が参加します。ラテンセッションもありますよ~。どうぞお楽しみに!!詳細はニュースページにてご覧ください。


 
 2001/10/28    国際親善のようなオークションサイト

 イーベイというオークションサイトでよく遊んでいる。日本でどーってことない物がアメリカでは高額だったり、またその逆だったりするのが不思議で面白い。ビッド(入札)してセラー(売り手)と英語のやり取りをしているといろいろな情報がつかめるので落札できなくてもけっこう楽しいものだ。

  今週もJAYというニューヨーク在住のドラマーとメールで話しているが、「オレは今年の夏に日本へ演奏しに行った」という。どこいったんだ?と聞くと「フジロックフェス」だという。どこのバンドか?と続けて聞くと「パティー・スミス」と返信が・・ふーん、そうかそうか(パンク系は不得意分野)日本の印象がすこぶる良かったらしく「最高!」を連発していた。日本人はニューヨークの事を心配しているよ、と書くと「ありがとう、俺達もがんばる」などの会話となって、すこしは国際関係の改善と田中真紀子大臣の協力もしているのか??今回、縁あってJAYのスネアーはワタクシがWinner決定となりました♪。


 
 2001/10/23    今はもう飽き・・・ いや、もう秋♪、牛はモー♪

 会社の決算、減価償却ソフト、法人税の基礎等まるで受験生みたい。さあ、減価償却やるかな・・そういえば、こもって勉強はいいけど今は芸術の秋、そういえばMOMA展やってるはずだけど大混雑なんだろうなぁ~行きたいな~。そしてスポーツの秋、ゴルフは好調でそういえばこのあいだは42、39で回ったし(プチ自慢&自己満足)・・早く行きたいな~。いい音楽も聴きたいし外国もそろそろいきたい~。美味しい物も食べたいな~とんきのとんかつでもいいな~。海もいきたいし自転車も乗りたいな~~~いかんいかん!!妄想モードだよん現実逃避だよんそれじゃー、はやくはやく減価償却入力入力するぞするぞ。(オウムの掛け声)

  あれれれれ?どどどーして今期の償却額が全部ゼロになっちゃうの??何度繰り越してもゼロになるってことは??これってソフトが壊れてんじゃないの?⇒七転八倒の末、明け方ソフト会社から通知が来ていたことを思い出す⇒“重要”「旧プログラムデータから繰越を行うとデータの一部が破損する恐れがございます、以下の操作を実行してください」・・むむむ、どどどないなっとるんや?おいおい、じゃーなんで新プログラム送りつけてくんの?もう新しいのインストールしちゃってるのにむちゃくちゃでござりまする。また徹夜かよ・・・ムギギギギ・・・・こうして芸術の秋の夜は過ぎていくのであった。



 「九州の大かぼちゃ」


FUJICA  ST801
 EBC Fujinon 50/1.4
 (後期)


うーん、なんか後ボケが渦巻いてるな・・でも立体感がいい感じ。これって食べられるのか?九州って元気だな。

 


 2001/10/09  おいしい博多、予知映画、ジャズライブ・・

 大阪、福岡とあっというまにタナボタ公演が終わり帰京。最終日のステージでは久しぶりに「クリック」(演奏が感動的にピークに達する瞬間)があり感動・・。今回はすべて飛行機の移動だったが多少の不安も感じつつ機内のゲーム機でスロットマシーンに興ずる ⇒ あまりにヒットして降りるのを忘れスチュワーデスに注意される始末。それにしても博多は食い物もうまくて良い場所で「今日がよければよかー」とばかりに夜の町は盛り上がる。東京にありがちな重苦しさは感じられない。

  戻ってから荷物整理などやりつつ、やっとレンタルに回ってきた「ハンニバル」を見る。結論としてスプラッター物と解釈するが、レクター博士といっしょにお尋ね者のコンピュータファイルの中で、今話題のオサマ・ビンラディン氏が思いっきり出てくるのにはビックリ。これって予知映画じゃないのか?まあ以前からテロで捜索されているのは知ってるがアップになるカットがあるのは・・?。これを見てビンラディンも頭にきたんわけじゃないだろう、ね。

  ☆★☆ 次のジャズライブは11月11日(日)に決定。場所は前回と同じく西新井のカフェクレール。どういうわけか偶然にもその日はワタクシの誕生日(年齢は当日発表)。バースデイライブということで前回同様に千客万来よろしくお願いいたします。チャージは2,000円とお安くなっております。詳細はニュースページにてご覧ください。


 
 2001/09/25    もうすぐ大阪 ⇒ 博多へ行ってきます

 


 27日から大阪28、29日は博多公演
 何かうまいものでも食いつつがんばろうと思います。

 今回の雪隠具もといセッティング・・ボブ・フォッシー先生のイカれ(し)たマンボチューン対策とオールド・ラグタイム用のカウベル、ウッドブロック、スプラッシュ・・そのあたりが目玉ですかね。
 
 2001/09/22    「変な顔」大会

  今日は二回公演であります。第二部の途中のダンスチューンで16小節のドラムソロがあるのだけど、昨日までは「ドンドンスクドン、ドンスクスクドン・・」っていうジーン・クルーパスタイルでやっていたのですが、今日は天気も良いのでモダンスタイルに変更。最後の曲「The Party is over」の時はダンサーの皆様がワタクシの目の前でペアダンス・・客席に見えないように後ろ向きになっているその時、ダンサーのJちゃん&Y氏がいつも「すごーく変な顔」をしてワタクシを挑発するので、こちらも負けずに「変な顔」をしているが、アリャリャ・・よく考えたら自分だけ客席に丸見え・・だわな。明日は真面目にやろうかな。


 
 2001/09/20    初日、大江戸線、携帯地獄・・・

 タナボタ公演初日終了。10時入りでセッティング、11時から音出しで場当たり(キャストやダンサーの位置を決めるリハーサル)⇒ ゲネプロ(総稽古)⇒ 本番という段取りで終演が9時30分。ドラムに向かっている総時間は9時間くらいか? 今回はマッチドグリップで演奏してみているのだが疲れが少ないようだ。トラディショナルグリップだと左肩が下がり気味になるので背骨の軸が傾かないマッチドのほうが長時間の演奏に向いているのかもしれない。もう少し実験してみようかな・・。

  帰りに大江戸線で六本木に出たのだが、このラインはずいぶんと地面の深いところを走っているようで、乗り換えがやたらに面倒くさい。それにしても夜の電車に乗ると日本が「間違った方向」に走っているのが良く分かる。もう、携帯中毒でしょうもない人ばかり。

  発券機の前で、それも人が並んでいるのにお金を入れたまま掛かってきた携帯で話し込んでいる女性がいて、後ろのサラリーマン風の男性が「いいかげんにしろ!!後で話せ!」と叫んでいた。無理もないことだ。携帯電話って持っているけどすごく嫌いで、こんなものに頼って生活していることは情けない気がするが、どうして皆さんコールがあると所かまわず対応するんだろうか?。マナーモードってなんなんだろう?外ズラ一番&NOと言えない日本人ってなところか。そういえばワタクシの携帯(J-PHONE)は帰りの間ずーっと圏外で戻ってもまだ圏外???故障か?。


 
 2001/09/12  虹と予知夢、ニューヨーク&マッチドグリップ

 連日タナボタのリハーサル、雨上がりに虹を見る。夜ニューヨークの惨事・・前日寝る前に飛行機が落ちるイメージが頭に浮かび、??と必死に消そうとするが・・予知能力復活か?。今日はリハの後、浅草のドラムシティーに寄り西尾氏としばし談笑。ワイヤブラシ、コーティングヘッド、ハイハット・スタンド等を購入。最近はマッチドグリップを再考察、リハもすべてそれでやってみるが、コントロールしやすいことが判明。本番ではどうかな?ジャズもマッチドでやってみよう・・。

 
 2001/09/05    感性が一周すると子供に戻るのか?

  練習場にてリシャフトしたドライバーを試打。アイアンをスチールシャフトのトラディショナルモデルに換えたのでドライバーもスペックをハードにしたのだが、さすがにきつい。この年代に入ると軽くて振りやすいウェイトのカーボンシャフトへ変更する人がほとんどだが、逆らってハードスペックにチャレンジしている。そんなに突っ張らなくてもと言われそうだが巷の男達はなにか不可能なことに挑戦してみたい性癖があるようで、ゴルフクラブはその自己認識のリトマス試験紙となっている。
  
  言い訳するようだが「新らし物好き」のくせに感覚は保守的で、古いというより頑固なのかもしれない。ワタクシがゴルフを始めた1970年代といえば、クラブは鉄の棒のようなアイアンと本当の木(だからウッドという)がヘッドになっているドライバーしか考えられず、現在のような金属あたまとカーボンシャフトなど存在しなかった。テニスラケットも木製で今では博物館行きのようなシロモノだ。今考えるとよくあれでやってたなぁと溜息しきりだが当時はあたりまえだった。現在のハイテク系クラブもそんなトラッドなデザインをうまく取り入れて頑固者の財布のヒモをゆるませている。

  三つ子のたましい百までとはよく言ったもので、初めて握ったオヤジのスポルディングのクラブ形状がガキの脳裏に焼き付き、いろいろなクラブ変遷を経て今また原型のスペックに戻ってしまった。よく言う「感性が一周した」というやつで、そういった事実を考えると楽器でも一番初めに子供に与えるものはオモチャではなく本物が必要であり「これなら簡単にできますよ」的な道具は結果のフィードバックが弱く、始めはよさそうだが、本当に必要なテクニックや自己の感覚を磨くことにはならない気がする。ドラムもこの頃はコーティングヘッドに戻してハイピッチにチューニングしているがやはり気持ちがよい。21世紀になってよく考えてみると、世の中の傾向も所謂「原型」的な方向に立ち戻っているのではないか?

 
 2001/09/04    ハードディスク交換で「毎日骨太」

  ジャズライブも終わり秋のツアー月間となりました。今日はタナボタのリハーサル初日で練馬のスタジオに向かったのですが、いき帰りのバスは始発の西新井から終点の池袋まで遠慮なく寝ていられるので楽ちんです。このバスという交通手段が意外に便利で楽しく、また経費も安いことを再認識!。最近は車移動をなるべく止めているので(ストレス抑制)もっぱら電車なのですが、バスのほうが町の風景をあちこち見学できるのでウキウキします。反対に地下鉄はつまらないですね。(でも寝てたら同じか・・)

  リハーサル終了後に相棒のK女史が「江尻さんのページ最近更新してないよねー」と痛いところ突かれて絶句。「いやーそれはね、ハードディスクが壊れちゃって・・」と説明はしたが確かにひと月あまり動きがないわけで、そんな状況を改善して「毎日骨太」いやモトイ「毎日更新」となるようがんばりたいと思います。そういえばダイアリーは9月で一年経ちました。ご愛読多謝・・・。
 

 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.


 


 2001/08/08     日本の芸術再認識シリーズ

 先日、歌川広重の版画を実際に見る機会があった。北斎については以前に書いたが、その同時期に売れっ子だった浮世絵師でその昔「永谷園のお茶漬けのり」のおまけに付いていた「東海道五十三次」で有名である。

  もともと武家の子に生まれたが、十三歳で両親を失い、十五歳で浮世絵師歌川豊広の門に入る。三十六歳の秋、幕府の御馬献上の一行に参加して上洛、東海道を往復することとなった。この時の体験を元に生まれたのが保永堂版「東海道五十三次」五十五枚である。このシリーズの爆発的な売れ行きによって広重は浮世絵界に不動の地位を手に入れることとなった。

  売れっ子浮世絵師となった広重は数々の名作を世に送り出すが、中でも江戸を描いた作品は数多く、その総数は千三百点に及ぶともいわれる。「名所江戸百景」は広重最後の名作といわれ、安政三年から刊行をはじめ、最晩年の二年余りで未刊で終わっている。初代没後二代広重の補筆によって完成し「一立斎広重一世一代江戸百景」という目録が添えられる。

  それまでの浮世絵版画は墨線による輪郭線で遠近感を表わす表現方法だったが、広重は墨線を極端に減らし、複数の色板を使い分けたボカシにより遠近感を表現している。従来の浮世絵版画にない表現方法は、木版画の技法を熟知した広重と彫師、摺師との緊密な連携によってはじめて生み出され、名作として後世に長く伝えられることとなった。

 参考サイト : 高橋工房 (ここで復刻版が出ています。私も一枚買いました。※解説等引用させていただきました)


 

 

 ◆大はしあたけの夕立

この雨がすごいんですよ これって版画ですよね
 どうやって彫るんでしょうか?本物に10センチくらい
近づいて見ましたがさっぱりわかりません

 ゴッホが模写してますがあこがれちゃうのがよくわかります

 やはりオリジナルの迫力はすごいもので「ざーっ」という
雨音が聞こえてきました川の対岸が斜めなのがにくいですね
50ミリレンズで縦位置すこし傾けたアングル・・
粋でございます熱海のMOA美術館で
 この夏公開中オススメいたします

 


 2001/08/05     ドラムサークルで鬼怒川へ

 今日はBBQドラムで鬼怒川へ。バーベキューとドラムサークルが合体したイベントでリズケンの生徒さんやら研究生、講師、九州の宮崎からのゲストなど約20名が参加でございます。

  朝8時45分集合 ⇒ 3台の車に分乗して出発。うす曇だが幸い雨は無し。12時近くに栃木県の鬼怒川ほとりに到着。さっそく河原に陣取りBBQ開始。あっという間にたいらげ、水遊びに興じた後「そろそろやるかー」とドラムサークルが始まる。ファシリテイター(ドラムアンサンブルの水先案内人)石川武氏の指揮によりアウトドアドラミングをみんなでドカドカ・・とっても楽しいでございます。

  そろそろ日も暮れそうなところでフィニッシュ。おかたずけの後に近くの温泉「かたくりの湯」に移動。汗を流して今度は夕食へ・・(また食うのかよ)。川沿いの「青木屋」というお店でビール&鮎定食など満月下のテラスで食し一同ご満悦・・。帰路は東北自動車道にてリズケン到着10時45分。楽しい夏のBBQドラムでした。


 
 2001/07/28     またもや車上荒らし・・やられました

 本日、会社のステップワゴンを使用しようとしたところ、ロックが解除しており、車内には書類等が散乱していました。この2,3日の間に車上荒らしに遭ったと思われます。確認したところ被害はコインボックスの小銭とダッシュボードのCDが約7~8枚盗まれていました。ロックシリンダーは破壊されていないのが幸いでしたが、またやられたかという感じです。

  警察に被害届けを出しましたが、担当刑事によると最近、車の所有者も警戒して高額なものは車内に置かないようにしているので、CDなど小物を盗む傾向があるとのことです。

  以上のような状況ですが、車内に荷物、楽器等を放置しないよう、みなさんも十分警戒してください。ファミレスで食事中にガラスを割られる事件も頻発していますので短時間に車を離れる場合も危険です。

 


 ジャズライブのお知らせです!!


 久しぶりに地元のジャズクラブでピアノトリオをやることになりました。
とってもアットホームなお店です。夏の終わりにビールでも一杯飲みながら・・
 ワタクシの“お仕事”じゃないドラミングを聞きにきてください。
ご来場・・・お待ちしております。


  日時 : 8月26日(日) 7時30分~10時 (7時開場)             
  場所 : 西新井 カフェ クレール (リンクで地図参照ください)          
  出演 : 江尻憲和 トリオ (Dr: 江尻憲和 Piano: 阿部篤志 Bass: 一本茂樹 )
 料金 :  2.000円 (ワンドリンク付きです。他に食事もオーダー可能です)                  

   “カフェ クレール”  東京都足立区関原2-16-13 TEL&FAX 03-3880-6645
  東武伊勢崎線、地下鉄日比谷線乗り入れ 西新井駅西口より徒歩10分位

   ※ お問い合わせは“カフェ クレール”まで、または江尻までメールください。
   ※ 予約等はありません。キャパは40~50人程度です。
   ※ 「おー行くよ~・・」という方・・ありがとうございます。
    掲示板、またはメールにてご連絡くださいね・・。(江尻)

 


 
 2001/07/11     脱走トラ“虎” 対 テニス部員

  梅雨は明けたのか?よくわからないがもう夏の雰囲気がする。オークションサイトで使わなくなった趣味の物を処分する。これがなかなか便利でカメラ関係やゴルフモノは特殊な世界で「欲しい人はもう目から血が出るほど手に入れたいが知らない人にとってはただのゴミ」というオタク筋のものがかなり手元にあり、アップロードするとすごい反応がある。ただただインターネットの便利さに驚くばかり。

  テニスのウィンブルドン男子決勝は素晴らしい試合でしたね。ワタクシも中高時代はテニス部(サークルじゃない恐ろしい本気の運動部)だったのでイバニセビッチの気持ちがよくわかる。テニスの試合はたいへんつらいものでワタクシも試合中にじれったくなり「もう早く終わんないかなー、おいまだやんのかよ」とよく心の中でつぶやいていた。とくにサーブが速いタイプ(ワタクシもそうだった)のプレイヤーは気が短い人が多くて(たぶんそうだと思うが・・)一発のファーストサーブで試合を決めていくほうが楽なのである。

  高校時代の夏合宿で鹿野山というところに行っていたのだが、とにかく暑い場所でコート上はカンカン照りで50度以上。そのころは「運動中は水をのむな」という恐ろしい時代錯誤の典型&スポ根性合宿で毎日マラソン10キロを練習後に行なう。その日はスタート前に「最下位はうさぎ跳びだー」というこれまた理不尽な命令が30名ほどの部員に通達されていた。しかし直前にすごいニュースが飛び込んできた。

  <昨晩、鹿野山の神野寺からトラが2匹脱走・・・行方不明となっている・・・たいへん危険>おいおいトラだぜ食われるぜ。もう勝手に人食い虎に決めている。当然マラソンは中止と思われたが部長の「やる!」の一言で決行。不安爆発寸前のままスタートしたが、当然ものすごいことになった。もうオリンピックの代表選手かと思うほどみんな速いのだ。脇の藪でなんか“ごそごそっ”と気配がするとスピードが2倍くらいに跳ね上がる。もうパニックマラソン大会である。いつ自分の目の前に黄色い縞模様のトラちゃんが出てきても不思議ではないのだ。最後はもう全力疾走で学校の寮に突入ゴール⇒いつものタイムよりはるかに速いな。「人間追い詰められればなんでもできる」と教えていただいたトラに感謝した夏でございます。

 追記 : それでもうさぎ跳びはありました。
トラのその後はよくわかりません。どっかのバンドのトラに???
 「今日はドラムトラなんだってさー・・・・」
 「おい本物のトラかよ!」(三村風)
 「スティックどうやって持つんだよ!」


 


 2001/07/06  岡本次郎??

 ごろ岡本太郎と母親の岡本かのこの本を読んでます。
コンピュータを使うとけっこう「太郎あそび」ができます。
さて、これはなにをデフォルメしたんでしょうか?

正解 :いろんな色のゴルフのティー


  
Copyright© 2001 Norikazu Ejiri All rights reserved.

 
  タナボタ企画の公演のお知らせです

 おなじみのタナボタ企画公演“Nothing But Musicals 3”のスケジュールが決定!。9/19(水)~24(月・祝)東京・草月ホール、9/27(木)大阪・IMPホール、9/28〔金)、29(土)福岡・IMSホール。久しぶりに福岡に行くので楽しみにしています。今回もショー形式の楽しい公演になりそうです。ぜひおいでください。チケットの発売日は7/15(日)。いつもながら前売りチケットは売り切れ必至です。

  なお、公演チケットは江尻個人では受け付けておりません。
 申し訳ありませんがお早めにタナボタ企画までお問い合わせください。
◆公演チラシはこちらで見てください◆

              ◆公演詳細はタナボタ企画ホームページへどうぞ◆


 
 2001/06/29     革靴とスニーカーとリズム感

  久しぶりにスニーカーでも買うかとアメ横へ。レザースニーカーといえばスペイン製の「カンペール」が話題だけど何しろ高い。高校が上野のすぐ隣だったせいで「アメ横の基本は1,000円」、そんなセコイ感覚が身についているワタクシとしては出物探しが楽しみのひとつになっている。しかしながらこの界隈もバッタ屋の雰囲気が薄くなってきているようだ。

  ABCで見つけたのが「ARAUTO-RAP」というイタリアのレザースニーカー。これにはマイッタなーもう。足型がピッタリで履くときに「シュー・スポッ!」と収まる。空気がかかとから出るんです。これは良く出来た靴の証拠でイタリアで買った「ポリーニ」という革靴もそうだった。どうもワタクシはイタリアの血を引いているらしく(大うそ)靴屋に修理に行ったりすると「お客さんの足は外人タイプだね」などと言われていい気になっている。(足だけかー?)

  時を計る機械として時計を作っている日本人とブレスレットの進化した装身具として見るヨーロッパ人とは根本的に感性が違う。首から下げるカメラも同じようなもので、デジタル真っ黒オートフォーカスなんぞは粋なものには程遠いし「何か」が足りない。靴を履くことも欧州の伝統だけどやはり職人の感覚がまったく違う。彼らの靴とはふつうに歩くだけで喜びや地面を感じる感覚装置なのである。。ポリーニ様もすごいもんで足の下の道路の状況までつぶさに解ってしまう。「すこし砂があってジャリっとしたな」とか「今オレはこんなテンポで歩いてる」など皮底のタッチが絶妙で「コツーン」と出てくる足音はまるで本皮のコンガのようだ。

  さて《Sneak-er》を辞書で調べると《こっそり逃げる》とか《こそどろ》《卑劣な》なんてどうしようもない説明ばかりでビックリ仰天!。ようするに革靴がフォーマルでスニーカーはこっそりカッパライするときの仕事靴ということか。足音がしないカジュアルな靴ばかり履くと感覚が麻痺しちゃうと最近思っているのだけれど、若い人がリズム感が良くない原因に「ヒモをゆるめたスニーカー」常用で自分の足音やテンポのフィードバックが足りないのが原因じゃないのかしら?(新説登場)。靴のヒモはちゃんと締めようね・・「カランコロン」の下駄も良いかもしんない。

 
 2001/06/26     道具たちとフォーム改造

  月例ゴルフは小雨決行。ドライバーやアイアンが飛ぶのは良いが方向滅茶苦茶でOB連発・・・だが打っている自分としては気持ちが良い。道具を年齢によって換える必要があるのを痛感。今回は思い切って全部換えたのだが、ウッドだけ今風のチタン物にして、アイアンは以前から気に入っているモノと同じシリーズでピンアイ2のベリリウムカッパーという銅製のヘッドに衣替え。(中古だがけっこう捜すのが難しいモノ)シャフトはやや軟らかめのオヤジスペックである。どちらもまだ良く感覚がつかめないけどクラブチェンジはうまくいきそうな気がする。しかし人間の保守性というものは頑固なものでアイアンのヘッドはボ-ルを打つときに上から目玉が飛び出るほど真剣に見つめるためか、なかなか思い切ったチェンジができないものだ。

  ドラムのほうも30才台後半から技術的ベースの基本的見直しをやって10年近く経ったけど、フォーム改造というものはなかなか問題が多く慎重にならざるを得ない。プロゴルファーなどはこの年齢に対応した自己改造に失敗して選手生命が終わってしまった人も多いと聞く。幸いワタクシのほうは一打のパットやドライバーショットが、ん百万円にもなる業界ではないが、やはり生活には直結していることであり、方向性の見極めが本当に難しい。え?どこにポイントがあるのかって?・・ポイントは100位あるんだけど、主なところは「同じ筋肉を使わないで分散させる・・特に手首をあまり使わない」「手を振るんじゃなくて突き出す」「見得を張らないで自分の感覚と感性を信じる」などなどでしょうか。

  よくよく考えてみれば楽器を始めた頃の師匠達は今のワタクシの年齢だったわけで、その頃行動を共にしていた時に「おーエジリ、あんまり×××すぎないほうがいいぞ」などと言っていたことが今になって解ってきたりしている。ようするに自分もそんな年になったわけで、そんな変化を楽しむことにしようと思っている。


  
 2001/06/17     若いってピチピチしてる

 さっきNHK教育TVでアルゲリッチ(大好き!)がチャィコフスキーのピアノコンチェルト第1番をやっていた。「おーキテルなー!」とゾクゾクして聞いているとだんだん興奮してきた。とにかくテンポの追い込みとスピード感、もちろんテクニックも十分で、たまに「ニヤリ」と指揮者を見るあたりは余裕でアンサンブルを楽しんでいる様子がよくわかる。ダイナミックレンジを広く取った演奏解釈は他の追従を許さないものがある。

  誰かに貸してどっかにいっちゃったけどベルリンフィル+アバド+アルゲリッチでやってる同曲のCDも凄まじくスイング(?)していて其の辺のジャズよりスリル満点だった。オケがアルゲリッチの「あおり」についてきちゃうので「さすがベルリン」と感心していたわけだが、今日のオケもリズムがすごく良い。アンサンブルの立ち上がりが本当に「良い」のだ。なんかピチピチしてる感じ。

  良く観てみるとみんな若い人だ。「どこのオケかなー」と思っているうちにエンディングで、もう「ブラボー!」と叫んで大喝采!!。エンドロールを見たら「別府アルゲリッチ音楽祭」らしくオケは東京芸大の選抜メンバーだった。イエーイ!最高です。ベテランオケではこうは行くまい・・快挙とみた。ティンパニーも思い切りよくて良かったよー。だれかVTRに撮ってないかしら?。

 


  2001/06/13     ミューズの女神ったら・・・

 音楽をマジメにやるとどうもミューズの女神に気に入られるらしい。真剣にやっていると「ふーん、良く頑張っているのね、ご褒美にチャンスをあげましょう・・」てなことでお金が入ってきたりする。どんどん精進すると「いい子ね・・テクニックもあげましょう」なんてお金で買えないモノもくれたりする。しかしここで有頂天になってはいけません。ミューズ神は「私って実はいたずら好きで意地悪なのよん」と告白する場面がやってくる。フフフッと笑っていろんな悪さをしたり人を試したり、試練を与えたり・・もうやりたい放題なんだなこれが。

  すごーく仕事が順調で調子最高!なんて言ってる時に楽器全部盗まさせたり、「他のことにあんまり欲張っちゃだめよん~」てな感じで人間関係を滅茶苦茶にしたり、このテクニックはイケルと思わせといて、調子に乗らせてイケすぎで手がイカレちゃったり、音楽の魔力を心に刻んだと思ったら、わざと耳を故障させたり、まったくイケズなねーちゃんである。(全部経験ズミ)

  この道に入るとこの類のできごとはゴロゴロ転がっているもので、長くやればやるほど「音楽やるには他の事は捨ててアタシにいつも笑顔を見せてなきゃダメ、ダメダメ・・」と思い知らされてくる。若い子で才能があると見ると、すぐチャンスのあとに地獄のような試練を与えるので「どーしたらいいんでしょうか?・・・」と真剣に相談されることも多いが、そんな時は「そりゃーね、気をそらすしかないね、麻雀みたいなもんだーな」と答えることにしている。でもミューズの女神には「回し打ち」が通用しないってことはミュージシャンみんなが知ってることなのだー。

 
 2001/06/06     葛飾北斎ってすごすぎます

 昨晩、リズケン会員のM下さんからいただいた少年少女新伝記文庫「葛飾北斎」を読みはじめたら、これがたまらなく面白い。北斎といえば「富岳三十六景」などの風景画で有名だが、90歳で亡くなるまで浮世絵師として、また江戸の町絵師として活躍したアーティストでありプロの職人でもあった。なにしろ努力&絵一筋の人で、仕事に没頭するあまり常に家の中はかたずけない、かまわないの滅茶苦茶で、一生涯に100回引っ越すことを目標としていたらしい。(実際は93回!)汚くなりすぎたら引っ越ししちゃうわけだ。

  名前もしょっちゅう変更。本名は時太郎だがのちに鉄蔵→春朗→是和斎→魚仏→群馬亭(貧乏なので唐辛子売りでしのぎ)→宋理→可候→北斎(39才、やっと食えるようになった))→画狂老人(売れたが、野暮なので狂人と自称)→戴斗→為一→葛飾おやじ(この時代ほとんどデタラメ)→前北斎(よーするに元プリンスみたいな・・)→卍(!!おいおい、とうとうマンジかよ!)→画狂老人卍(マジンガーZみたい)→死亡。・・・・・JAZZYな人生すごすぎます。

  幼い時から画才があった北斎は版木職人修行から浮世絵師に弟子入り、自己の画風を追求するあまりに狩野派、光琳派、南画,北画、はたまた洋画油絵や銅版画まで研究し、ついには遠近法まで取り入れた。デッサンや構図のセンスも抜群で絵のデッサン教本「北斎漫画」や技術解説書「略画早指南」「絵本彩色通」まで出版しているのだが、後世の印象派ゴッホは北斎の構図や色彩を手本にしていたし、ドガにいたっては「北斎漫画」を教科書にして「踊り子」を描いていたらしく、「なんで日本人はフランスなんかに絵の勉強に来るんだろう?浮世絵や北斎で学べるのに・・」と不思議がっていたそうである。(北斎漫画はリンクページで見られますよ)

  とんでもない人物が江戸時代にいたもんだ。もう世界の偉人である。商業絵師として70年あまり浮世絵から本の挿絵、各種絵本、はたまた手ぬぐいや浴衣のデザインまでやっていた北斎だが、自由で権力にへつらう事を嫌い、気に入った仕事は恐るべき技術で徹夜で仕上げ、入った金はすぐ使い果たし、酒,タバコはやらず、ひたすら絵の道を邁進した北斎。「これは芸術です」などと威張って訳のわからない事をやっていると「おーなんでィ、そんなもナー仕事じゃねーぜ」と怒鳴られそうな気がする。

  
 
 
  
 2001/05/31    ボチェッリ、パバロッティ、ダルラ、ズッケロ

 きのう所用で富士見ヶ丘に行く。その後井の頭公園を散策して吉祥寺へ。目指すは「李朝苑」という焼肉屋だが駅前で関係者にばったり出くわす。こちらは3人なのだがそのすべての人間が良く知っている「妊婦」に遭遇して目が点になった。所謂シンクロニシティー的な感じ。焼肉は予想通り三重マル。
  ここのところ車や新事務所でよく聞いているのがアンドレア・ボチェッリ、某100%モルトビールのCMで歌っている盲目のシンガーだが心にグサリと来る「何か」がある人だ。イタリア系でワタクシの好みといえばもちろんルチアーノ(そう、ハンカチ振って歌うパバロッティ)。日本ではあんまり人気の無い「ズッケロ」(マカロニ・ロックの第一人者)とかルチオ・ダルラ(マカロニ・ソングライターのトップ)も大好きで良く聞いているのだが、この三人とボチェッリは深い関係にある。
  
  そもそも彼は弁護士だったがパバロッティとズッケロが歌っている「ミゼレーレ」という曲(ズッケロのアルバムに入ってます。爺ちゃんがドラム叩いてる変てこなジャケットです。レーザーディスクもあります。)の仮歌を歌うオーディションに合格したことから歌手の道を歩み始めることになる。この「ミゼレーレ」という曲はかなり難しいテノール音域のそれで、ズッケロのパートは反対にハスキーなロックボイスだが、ボチェッリが両方のパートを歌ったとしたらまさにブラボーだったろう。それは十分に可能な気もする。

  もう一人、ルチオ・ダルラだが往年の大歌手カルーソをテーマに作った「カルーソ」は現代の名曲だと思う。パバロッティも録音がありボチェッリも歌っているので3人それぞれのバージョンが楽しめる。
  
  さてボチェッリの「グサリ」の理由だが、まさにオンナ殺しともいうべき微妙な音程の不安定さと音域別の声質の変化にあると思われる。彼の低声部はスティングか?と間違うほどだが、中声部からは痩せたパバロッティ、ハイボイスは絶叫に近い壮絶なものである。聞いている人は「これって同じ人なのかしら?」と思ってしまうだろう。これは「美空ひばり」の再来で、子供・オトナ・女・男・クラシック・ポップ・浪曲・演歌・・・なんでも声に混ざっている不思議なクオンタム・ボイスというべき世界を創り上げている。そして日本人には表現できない「何か」を持っているのだ。その「何か」とはキリスト的なバイブレーションとも言うべき「愛」の波動なのではないか・・。

  
 2001/05/30   FUJICA AUTO-7 DATE テスト撮影

 
 

 


 


 2001/05/29   ゴルフ、タナボタ、フジカ、コブラ、梅雨入りか?

  更新サボリ気味・・、天気のせいにしてはいけないけど、もう梅雨モードに入ったらしい。一年で一番イヤな季節でございます。前回から今日までのできごと→月例ゴルフは雨かと思ったが幸い曇天にて敢行。M氏のコブラ社製グラビティーバックドライバーを見て「これ貸してねー」。打ってみたら飛ぶのなんのって、さすがに近代技術チタン製。物欲がふつふつと湧き上がり帰りに柏駅前のゴルフショップへ→モノ無し→がっかりして近くの中華飯店へ→大当たり!うまいのなんのって、ここでは「ちんげん菜」を自家栽培してるらしい。愛玉(台湾のデザート)もあって最高です。(店名知りたい方はメールください)。

  日曜はタナボタパーティで演奏。歌伴数曲とインスト一曲。こんどの9月に東京、大阪、博多でコンサートがあるので、その前哨戦という感じ(詳細はニュースで・・)。その帰り秋葉原のカメラ屋で中古のFUJICAオートフォーカスAUTO-7を買う→試し撮りしてみる→おおおおお!イケてます、ワタクシの好きな写りはこれです。1982年製でレンズが38/2.8(この時期の4群4枚構成タイプはその辺の一眼レフより数段良いレンズです)まさに絶品です。おまけに値段が・・なななんと税込みで2,100円・・。ストラップより安いくてこんなに写っていいんでしょうか?。

  きのうはコブラのドライバーを探しにアメ横へ→ありました!→選んで買いました→部屋で振り回す→ぶっつけそうなので仕舞う→また出す→振り回す→仕舞う・・のXタイムリピート。カメラもおんなじ。出したり仕舞ったり出したり撫でたり・・おこちゃま丸出しでございます。

 
 2001/05/16   ちゃぶ台、卓袱台、茶ぶ台・・・

 以前からどうしても「ちゃぶ台」というものが欲しかった。しかしなかなか良いものが見つからない。近頃はレトロ感覚がリバイバルらしくあちこちのサイトでも販売している。大安売り6.800円、なんてのもあるがまったくのオモチャで話にならない感じ。ワタクシの目指すのは「星一徹」がちゃぶ台返しをする本気・本物のそれである。昨年骨董屋を回って何本か発見。それにしてもこの大正時代的代表家財道具のオリジナルスペックは直径約75センチ、材料は“せん”という木でものすごく軽い。飛雄馬のオヤジも片手でひっくり返していたようだが、この素材のなせるワザである。そして問題は高さ・・なんと25センチ以下なのである。こ、これじゃ膝に当たっちゃうってのよ。その昔はこれで家族4人団欒していたと思うと涙がでる。おまけに足元もグラグラ・・。

  骨董はあきらめてネット調査に専念したところ、茅場町の漆家具の問屋にイメージ通りのモノがあった。直径80センチ、ネコ足折りたたみ、高さ30センチ、漆塗り仕上げで素材は欅(けやき)。手ごたえ十分なのでさっそく店まで出向くと社長婦人が小気見良く応対してくれる。聞けば中国製だそうで仕事はなかなかのもの。しかし天板が単板の3枚はぎ合わせのため継ぎ目が少し目立つ。「選びたい」と申し出るとすぐさまもう一台が登場、お気に入りとなり購入おめでとうございます。到着後いろんな物を卓上に置いてみると素晴らしくお茶碗とか湯のみが映える事に気がついた。ちゃぶ台上の日本文化はデザインの小宇宙か、はたまた箱庭感覚か?(下の写真でございます)

 
  
  

 2001/05/10   コンピュータ、マリンバ、洗濯機

  新しい物がいろいろ到着。会社ではSOTECのPCと液晶モニタ×2、MacのG4と巨大な液晶モニタ・・見てるだけでため息が・・。ローランドJC120ギターアンプ、CD&MDデッキ、ALBITのベースアンプも新規に入れる予定。芸大のK林君から買い上げた巨大マリンバと、この間楽器を盗まれたK氏が注文していたブランニューの特注ビブラフォンが本日お目見え、大セッション大会になって大騒ぎ。

  こちらの新事務所ではNEW洗濯機がデーンと到着。「M印」で買いそうになったが、どうも家電関係はカッコだけのような気がして、サティの家電売り場で日立の物を購入。なかなかスタイルもスリムで良い。排水のパイプをうまく通すためコンクリートのカタマリを4つ仕入れ。(このネーミングがおもしろい・・「ピンコロ」という)その上に洗濯機を乗せてできあがり。さっそくその辺の靴下かなんかを突っ込んで洗ってみることにする。おまかせ標準ボタンを押してウゴウゴしているうちに動き出した・・と思ったら回らない。回ってないよー??おやおや?・・とよく考えたら回るのは昔の話で、今のやつは「腰振ってるだけ」なんだと気がついた。もちろん脱水のときは元気良く回る。自宅のはドラム式とかいうやつでコインランドリーみたいにグルグル回って乾燥もできる「おとな」の機械なんだが、こんどのはオモチャっぽくて細長くて「腰振ってるフラダンス洗濯機」。カワイイもんだ・・なんか「もじもじ」していて奥ゆかしい。洗濯が楽しくなりそう。

 
 2001/05/08   熱湯甲子園発見!

  こんどの事務所は駅から0分・・・えー?、そうなんです駅ビルの中なんです。地下の従業員通路を通り抜ける裏ワザを使えば、駅まで雨に濡れなくて行けます。(でもこれは守衛さんがいるのでNG) 周囲の環境は便利すぎて笑ってしまいます。食べるところは数え切れないほどたくさんあって、立ち食いソバ屋、回転寿司、ラーメン屋数件、イタリアン(うまい)、とんかつ、喫茶店いっぱい、飲み屋死ぬほどあり、駅の専門店街と反対側のサティー近辺にマック、モス、ミスタードーナッツ・・・もう書き切れまへんがな。これがここから歩いて30秒以内にあるもんだから、冷蔵庫いらないんじゃないかと思ってしまう。

  ここんとこ通ってるのが「M印良品」・・これは中毒化するとなんでもM印で買ってしまうことになる「M印中毒養成所」みたいなもんで、なんかあのシンプルさにひっかかってしまう。そういえば駅の周辺には銭湯がウジャウジャあって、これがまたレトロ銭湯ばかりで籐の編み籠なんかがまだ置いてあったり、蛇口が温泉マークの赤と青だったり、もう昭和の歴史博物館である。このあたりは都内でも屈指の銭湯銀座らしい。一軒ずつひとめぐりしてきたが、かなり「あつ湯」が伝統らしく、なつかし番台オババがいる「梅月」とか「第二堀田湯」なんかは完全に熱湯だった。別名「地獄谷温泉」とか「熱湯甲子園」とか呼んでいるそれだが、なななんと温度が46度だった。あとからスマして入ってきた若者が「あちっつ!」と言ったきり引下がり体ばかり洗ってたが、あのままシャワーで流して帰ったんだろうか?

 
 2001/05/07   引越し終了(80%)

  やっと引越しが終わった。少ないように見えてダンボール20箱、コンピュータ、プリンタ2台、スキャナー、デスク、でかい椅子など、けっこうな荷物。そしていろいろな手続き、これがまた面倒くさい。電気、水道、ガスの開栓、電話、その料金の自動引き落とし、買ったジュータンや棚の配達などで在宅待機が多くてなかなか出かけられない。ISDNにしたのだが初日から不通の状態。おいおいどーなってんだ??、不在工事だったので帰宅してつなげてみればウンともスンとも言わない。NTT連絡してみたら「あーこれはイカレてますね・・さっそく修理にいきますが・・」また在宅待機でございます。翌日担当者が来宅、「お客さん、これ、線が切れてますよ」・・・つながんない訳だ。修理中の会話、「ADSLってどうですか?」「あー、あたしんとこもまだISDNですよ、お客さん実は・・・」などなどADSLの裏話を聞いてフンフンと納得。とりあえずフレッツISDNにして良かったかなぁ、となんとなく納得の図。その後ルーターのセットアップをやって留守電FAXをつなぎ、フレッツISDNの設定をして終了・・。ゴールデンウイークはどこへ?。

 
 2001/04/20   お知らせで~す!

    このたびコンピュータ機材を自宅から個人事務所のほうに移設することになりました。 回線の設定やフレッツISDNの申請、機器の設定など「頭の痛い作業」が続きそうです。5月の連休までにすべて終える予定ですが、その間ダイアリーの更新ができません。すこしお休みいたします。連休明けには新装開店いたしますので読者の皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。
  
  ※ 新事務所開設のごあいさつ ↓ 


  “楽楽創造” ぱとらんど (3-2クラーべ)

  新個人事務所の名称は“ぱとらんど=PATRAND”でございます。「えー?パトカーランドみたい」とか「鳩でも売るのか?」なんて言われてますが別に深い意味はありません。Google検索でどこにも引っかからない名前を探していたらこうなりました。新しく何をやるかは模索中ですが他ではやっていないようなユニークな活動をしていきたいとおもっています。「パーカッション・テクノロジー・ランド」ですね・・・とも言われてますが、そっちのほうはリズケン担当ということで・・・でも新しい打楽器の開発もやりたいと思ってます。リズケンの活動のなかで打楽器の啓蒙普及ということを20年近くやってきましたが、今年からプロジェクトが立ち上がった「ドラムサークルジャパン」などNPO的な活動のサポートも新事務所でやっていきたいと思います。NPOの設立も視野に入れております。どうぞみなさん応援してください。

  また、音楽活動以外でも「こんなことをやったら面白いんじゃないか?」「いっしょにこれをやりたい!」などなどありましたら、ぜひメールにてご連絡ください。「ぱとらんど」は楽しいプロジェクトを創造する事務所です。ぜひ一緒にやりましょう!お待ちしております。             ぱとらんど代表  江尻憲和

  
 2001/04/17   赤い新車でおでかけです

 自転車買いました。うれしすぎます。子供の頃、実は自転車オタクでした。中学から高校の頃はアウトドア少年で、今は軽井沢でペンションを経営しているM君とか、舞台監督として活躍しているO君たちといつもヘンテコリンな冒険旅行の計画を練っておりました。サイクリングやキセル旅行、秋田の「垂点池」=たてじという秘境へのキャンプなど人の行かない場所へ好んで行きました。ここのところ先祖がえりというか子供のころの感覚に戻ってきている様でして、そんなわけで自転車を買ったわけでございます。
  さてさてそのモノですが「DAHON」というメーカーのボードウオークという折りたたみ系では名の知れたシリーズで、あたりまえですが「新車」です。いい響きですね・・「新車」。2001年モデルで色はレッド、まるでお好み寿司で「中トロ」を連発しているかのような興奮でございます。7段変速で重量12.5キロと軽く、ななんとお値段は30.800円、昔だったらカンパニョーロのハブだけしか買えない金額です。(イタリアのプロ用パーツ)。デフレスパイラル大歓迎、世の中物価下落もこんなところでワタクシに喜びをもたらしてくれようとは・・・。ネットで注文した船橋のFショップのEさんにも親切にしていただいてうれしい限り。ちょっと気になるサドルをオフロード用のV型に取り替えて万事OK、これで銭湯に行く回数も倍増か・・。

 
 2001/04/10   思い出の“駅前サウナ事務所”

 いやー、更新サボリっぱなしで申し訳ございません。リズケンの新しいサイトもやっとスタートして少しホットしたところ。たくさんの方々にさっそくご来訪いただき多謝感謝・・。リズケンは20年近く前に駅前の小さな賃貸マンションからスタートしたのだが、その同じ場所に初心に戻って個人の仕事場を設けることにした。昨年からの懸案事項の実行である。(なんか勇ましいな)当時は10階で今回は5階に決めたのだが、以前とまったく同じ間取りで案外と静かな場所である。まずはその思い出深い部屋でじっくりと21世紀のプランを考えてみたいと思っている。

  そういえば設立当時のその部屋で、同僚の石川武氏と二人でドラム専門誌の別冊を書き下ろしていたのだが、おそろしいことに真夏でクーラーが無く、おまけに西向き西日バッチリという環境だった。たぶん部屋の温度は40度くらいになっていたと思う。「このままやってたら死んじゃうんじゃないか・・・」と何気なくポツリとつぶやき無言でうなずく二人・・。「クーラー買うぞ!」と秋葉原へ・・、ところがその夏は猛暑でクーラーが・・無い、そーなんです売り切れなんです。やっとのことで探したけど取り付ける人が忙しくて来ない。おーい、助けてくれちゅーに。頭焼き切れまんがな・・・。結局その別冊は“駅前サウナ事務所リズケン”で完成するはめになりました。その結果、完パケまでの一ヶ月でワタクシ達は10キロもやせたのです。(創作&ウソインプロバイズ混入ひさしぶりですが4,5キロはやせましたホント) ちなみにそのムックはリットーミュージックの「ドラマーズハンドブック」です。お持ちの方は巻末の二人の写真をご確認ください。完全にやせこけてます。

  そんな苦労を思い出して「よしっつ!今度もクーラー無しでやるぞ!臥薪嘗胆(がしんしょうたん)とはよく言ったもんだ・・」などと息巻いたんですが、ワタクシ達も人の子でツチノコではありませんので、あさっては待望のクーラの取り付けでございます。

 
 2001/04/02   桜満開ですけど・・・

 花見の季節だというのに雪が降ったりしてまったく訳がわからない。桜の木を眺めると一般的な気持ちとして「あー春が来たんだなー」と単純に思うわけだけど、どうもブルーな気持ちにもなるような気がする。「同期の桜」、「桜散る」とか「浅野タクミノカミ=切腹」など日本人の心の中には“生と死”“光と影”のようなアンビバレントな心情が同時に潜んでいてこの季節の「桜」に投影しているようだ。よく見ると桜の咲き方は黒々しい古木に直接、というかいきなり花が咲き乱れるという、なんというかベードラとクラッシュシンバルしかないドラムセットのようなもので、葉っぱのような時間の経過を暗示するものがまったくない。一瞬止まっちゃった世界というかシュールレアリスティックな光景でもあり、まさに「刹那」という感覚がピッタリとはまる。せつない感じとはこの事なのか・・。音楽でいえばメジャーとマイナーの狭間にあるブルースのような・・?その人の心情によって桜は希望の光にもなり絶望の崖ともなる。桜満開って量子力学的だなー。まったく春っていい季節だそうかな?ブルーだぜ花見いこう雪降って寒い暖たけー?!酒飲んで騒ぐ俺はマジメに仕事これからドーすんのオマエってやつは卒業入学進学退学就職リストラーメンでも食って寝るかー桜満開!?咲いてる!散ってる、まだ咲いてる・・のか?。

 
 2001/03/30   お知らせでーす!

  リズケン(リズム教育研究所)の新しいサイトができました!。今話題のドラムサークルジャパンやリズケンマガジン“ボカ~ン”など新しいコンテンツがたくさんあります。ぜひアクセスしてみてください!。

   http://www.rizken.com/   リズケンホームページは打門来福でございます・・。

 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.

 

 

 2001/03/29   オノ・ヨーコが好きですか?

  桜もほぼ満開になってきた。体調は上向きだが花粉がきつい。今日もゴルフの誘いを断る。ここのところ新しいリズケンのサイト(rizke.com)の立ち上げ&打ち合わせで夜半まで会議が続く。最近読んでいる本→「ただの私(あたし)」by オノ・ヨーコ・・わたしじゃなくてあたしっていうのが気に入った。ワタクシもビートルズ世代に入るのだが、どうも生来ヒネクレモノのせいか、この世界で一番有名なバンドを斜めに見てしまう。というか見てしまっていた。しかしながらこの年齢になるとその奥深さに気が付いて再認識しているところ。「ジョン玉・・もといジョン魂」も今聞くと・・否、感じるとすごく解ることが多い。
  オノ・ヨーコはリアルタイムで知っている頃は「なんてスノッブなやなオンナだなー」と偏見をもっていたけど、この本を読んですごく共鳴してしまう。なんかデビ婦人のイメージと重なっているのが日本人の誤解のすべてだと思うのだが、彼女はかなりエーとこのお嬢様で、そうとうのインテリでもあり、前衛的な実験芸術家でもあったことがわかる。「私はただ私でありたい」ということをこれほど素直に実践し、また苦悩した女性はいないだろう。そこには妥協という言葉は無く,強靭な精神とエネルギーには感服させられる。 オトコは人間という種族にとって単なるトリガーでしかなく、ジョンとても同じこと・・。結局オンナの勝ちなのか?そんなつよーい女性が「ただの私」と逆説的に居直られた日にゃー勝ち目は無いなー。なんかもっとペラペラでふにゃふにゃな人生もあっていいんじゃないか・・「あっ、すすんません」的な魅力ってあるんじゃないか、なんて思ったりもする。ま、オノ・ヨーコが嫌われたりするのは彼女の芸術的な才能を受け入れるのを拒否したいというよりも「このオンナと居たら精気吸い取られて早死にかなー」と思ってしまう男の直感みたいなもんじゃないか、とこの本を読んで思った。
  ジョン・レノン・・・1980年12月8日夭折・・もう20年になるんだな・・。

 
 2001/03/23   カメラでご機嫌直しましょう

 専門学校の卒業式が終わり、銀座のカメラ屋へ久しぶりに行く。レモン社→スキヤカメラ→三共カメラ→カツミ堂とおきまり中古ルートをたどってみたところ,最後のカツミ堂で獲物発見!。このお店は銀座4丁目の交差点のすぐそばにあり、その筋では「博物館」と呼ばれている。なぜかというとライカなどの外国製高級中古カメラ(ビンテージ)ばかりで、10万円以下のものはオモチャ扱いされてしまうほど「お高い」ところであり、庶民はウインドウを眺め,ため息をついて地下鉄に乗って帰るのがパターンで、ワタクシもフィルム以外に買ったことが無い。ところがその日は違っていた。
  なにげなく外に面したウインドウを見ると、話題の「フォクトレンダーBESSA-R」があるのを目ざとく発見。値段をみて驚いた、なんと定価の半額以下である。どうも新品同様の中古らしい。さっそく中に入って見せてもらう事にする。昨年発売されたこのBESSA-Rは日本製(コシナ)ライカLマウントのレンジファインダー機で、ファインダーがライカM-2と同じ仕様になっている。ワタクシのM-2はシャッタースピードがどうも安定せず、オーバーホールに出すと10万近くかかるのが怖くてそのまま放ってあるのだが、この3分の1の費用で本体まで手に入ることになる。昨年は何度となく新品を買おうと思ったのだが、真新しいものを買ってなじませるまでの体力と気力が失せていて,状態の良い中古を探していたところだった。
  「けっこうキレイですね・・」「えー、以前のオーナーはあまり使っていなかったみたいですね・・」シャッターを切ってみるとなかなかえ~感じのサウンドである。ファインダーも美しい。製造番号は000505で初期の製品のようだ。お気に入りのTOPCOR-S、50/2がピッタリ似合いそうである。「いかがですか?」そんな女性店員のすすめにふたつ返事でOKしてしまったワタクシ。春のうれしいお買い物でございます。

 


 

 

左が新しくお仲間入りしたフォクトレンダーBESSA-R
 (TOPCOR-S、50/2)
右はちょっと調子の悪いLEICAのM2です
(SUMMICRON、50/2)
よく似ていますが1歳と40歳でございます。

 


 2001/03/19   春だけど・・・。

  どうも春先は花粉症、確定申告などややこしい事が多く浮かない季節だ。サングラス+マスクの外出姿は怪しいオヤジそのもので、逃亡犯のような気分になりがち。つい足早に街を歩いてしまう。ダイアリーの更新もまばらで反省しきり。
  読んでいる本→「地図が読めない女、話を聞かない男」(邦訳モノはお好みじゃないのだが内容はけっこういけるし笑える)。「そんなバカな!」(副題:遺伝子と神について)・・・この本の作者、竹内久美子さんは動物行動学の研究者で週間文春にもコラムを書いている。利己的遺伝子=セルフィッシュジーンがすべての人間の行動を支配しているという仮説(?)を元に、人(オトコ)が意識しないでやってしまう様々なおろかな事例を科学的に検証する恐ろしい本。「そんなバカな!」と思わず叫んでしまう快著である。オススメ。(でも、あーそーか、オレってやっぱり遺伝子にそうなるように仕組まれてんだ・・などと納得してしまうので、注意が必要である。題名をよく読んでみろっていうことか・・。)

 
 2001/03/11   銭湯人間模様・・

 今日はお休み、寝転がっているうちに夕方になり銭湯へ。日曜日は混んでいる事が多いが、案の定20人位ハダカのオヤジがひしめいている。風呂場での人間模様は観察すればするほど面白くて考えさせられる事が多い。感心というか感動するのは、たぶん力仕事を生業としている60歳前後のオヤジの鍛えられたボディー・・その体にはまったく惚れ惚れする。バーベルなどで無理やり作った体ではなく仕事の厳しさが創って来た肉体の年輪が見るものを圧倒する。あたりまえのように刈り込まれた短髪に鋭く厳しい眼光があり、無言の圧力が周囲を沈黙させる。また平日によく登場するカラー印刷が入ったその筋の方、これまた凄まじくも壮絶な雰囲気をかもしだす。数々の修羅場をくぐりぬけたであろう「ふちアリくりからカラー紋熱転写カラリオ男」は静かに湯に浸かるだけで絵になってしまうのだ。その男の周囲には死を連想させる静寂があり、他の貧弱な人生を歩んできた男達の口数を瞬く間に奪ってしまう。その刹那、男たちは目の前の湯気でくぐもった鏡にオノレの貧体を写し、その生き様を振り返るのである。嗚呼!、銭湯に人生あり。

 
 2001/03/10   どすこいドラマー、かかって来い!

 連日ヤマハ音楽院の後期試験。合計40名以上のドラミングを聞く。非常に有望な若者が多くてワクワクするのだが、聞いているほうは連続6時間も課題やら初見、あれやるぞこれやるぞの音攻撃なので体力が必要だ。その上終わったあとは恒例の「飲み会」となり結局あさ10時から夜の12時まで聞きっぱなし、飲みっぱなし・・。まったく世話好きじゃないと勤まらない仕事だ。結局タクシーでのご帰還と相成った。
  来期から週一回の実技レッスンになる予定で、気持ちとしては少しほっとしている。この「教える」という一言でかたずけられてしまっている仕事は、ドラム実技の領域では単なる情報の伝達ではなくて「エネルギーバトル」ともいうべき楽器を用いた格闘技に近い。まして相手は力を持て余している学生である。戦いは過酷であり、あたかも相撲部屋の稽古のような状況になることが多い。そういった意味では先生→生徒=教えます・・などという一元論的図式は成り立たず,単なる人対人、あるいは経験がある熟年ドラマー VS 経験が浅く、チカラの有り余っている若者ドラマー・・というようなパラレルな関係が根本にある。たまに学生に「おまえ、今それってどうやった・?」というような主客逆転の質問が飛び交い一気に生徒が先生へ、またその逆になることもある。そんな二元論的状況でこちらも勉強させていただいているような状況だ。
  そんな事を20年以上もやっていると体力も知らないうちに消耗してしまい、だんだんと「この譜面やっといてね」的なレッスンになってしまうのが怖い。それでは良いミュージシャンが育たなくなる。やはり「けんか腰」の立場は変えられず、今まで週二回のバトルが一回になったら準備の時間も充分あるので、こちらの勝率も100パーセント近くになるのでは・・と今から作戦を練っているのだ。

 
 2001/03/08   葛根湯は葛藤に効くのか?

  このところショービズのお仕事が入っていないので,ジャズコンボの練習再開。基本はトリオだが、たまにビブラフォンも登場(でも盗難にあったのでコンガに・・)。スタンダードや歌モノ、ブルースなんかをやっているが、いまいちピンと来ない。昔からビビビと来ない領域なんだが、ようするに「お約束」なので、どうにもテンションが上がらない。テーマ→ピアノアドリブ→ベースアドリブ→駆け上がってドラム4バース・・・このあたりで「おいおい、これじゃお決まり結婚式順次進行だよなー」となってどうも萎えてしまう。なんかお色直しの間に挨拶するオヤジみたいで、どうせうまくまとめるんだけど少し緊張・・みたいな感じ。
  居直って、個人練習でフリーフォームのドラムソロを録音してみたら、こっちのほうが全然面白い。つい夜中まで遊んでしまう。こうなるとバックビートなんかどうでもよくなっちゃう。どうしたらインテンポを感じさせないか、とか、誰かがやってるようなフレーズを絶対出さない方法、などなどアブストラクト・ドラミングの追求に精を出すようになるわけだ。これじゃますますお仕事向きじゃないよなー。だいたいシンバルなんてウーハン・ライドだから「それってドラですか??」と言われちゃうし。このままだと「フリージャズ」っていう領域にどうしても行ってしまうような気がするんだなー・・・たぶんそうなるんだろうなー。でもお仕事はちゃんとやんなきゃいけませんよエジリ君・・・VS・・・もうやってらんねーよ、インスピレーションだーフリーだーインプロバイズだー・・・・葛藤とはこのことか。・・葛根湯でも飲んでねるかな。

 
 2001/03/01   春はそこまで・・

 先日、5年ぶりくらいでゴルフに行った。すごく良い天気で暖かかった。付き合いの長いM氏と二人で行った。本当に楽しかった。球がどこに飛ぶか分らなかった。残雪がまだあった。OBたくさんやった。ドライバー200ヤードしか飛ばなかった。最初のラウンドは55だった。後半パットが入った。バンカーから3回も打った。パーを3回取った。後半は45だった。ボールを4つ無くした。ボールを6つ拾った。金属スパイクが使用禁止なのに驚いた。クラブのお兄さんが無料でソフトスパイクに交換してくれた。うれしかった。コースの人がおみやげでリンゴ2個くれた。帰りに益子温泉に寄った。ぬるかった。700円だった。家に戻る途中で積もる話を長くした。いろいろあって21世紀までゴルフをやめようと決心してからずいぶん時間が経った。ようやく花の香りや季節が感じられるようになった気がする。


 
 2001/02/22   花粉症はもう来たのかな?来てますよね・・。

 今日も歯医者→院長「それはコンピュータなの?」シグマリオンが気になるようで質問だらけ。治療台(まな板)の上で30分待っていたのでついメールを書いていたら見つかってしまった。前回から年齢が確認されたようで対応がかなり変化。日本人は見た目とか着ているも髪型などで相手を判断するのが常で、なんど誤解されたか・・・。ほんの10年位前に家でくつろいでいたら「ピンポーン・・」はいはい・・「あー、お父さんいるー?」と来たもんだ、新聞の勧誘だった。あんまりすごいので「お父さんはいま出かけてます」と言ったら「あっそー、んじゃいいや」何の疑問も無くその男は帰った。さすがに今はそんな手は使えないかもしれない。
  歯医者→耳鼻咽喉科とはしご。年配の女医さんが「あーそー、花粉症ね、症状はまだでてない・・ふんふん」などと納得しつつもいきなり鼻に綿棒ツッコまれて痛くて涙があふれる。もう30年前と同じやり方だ。先の曲がった器具で何度もいたぶられたあとはお約束の「ネブライザー」なんか鼻の中に霧吹き突っ込まれたみたいで、思わず笑ってしまう。花粉症はつらい・・・。

 
 2001/02/17   パンダ見に行くぞ、パンダ、パンダ・・

 神田の居酒屋でS美学園ドラム科第一期生の同期会があった。参加者はワタクシを含めて5名。ドラマー現役のA氏、N氏、栃木で保険代理業をやっているS氏、体重110キロでゴルフ関係の仕事についているT氏、今回は欠席だったが今話題のK県警音楽隊に所属しているH氏がそのメンバーである。もうかれこれ20年近く前の卒業生なのでみんな30台後半の“オヤジ”である。妻子持ち,妻のみあり、独身、もちろんこの3パターンなのだが、ドラマー現役は2人とも独身である。やはり仕事上の苦労話が多く,酒が進むと口々に「やってらんないよー」の合唱になりがちだが、そんなカミングアウトがすぐできる間柄は本当に貴重である。もう25年くらいドラムの先生業を演奏と平行してやっているが、関わった人はたぶん何千人という単位になるかもしれない。そんな中で特にこのグループは付き合いが長い。酔いが回るとその昔のレッスン話になった。「そーいえば、ある時レッスンスタジオにスタンバイしていたら、江尻先生が少し遅れて入ってきて、《おー、今日はパンダ見に行くぞー、パンダ、パンダ!》っていきなり言ったんですよー。覚えてますか?」「えーっつ?ホントかよ・・・まさか行ったんじゃないよなー」「いやーすぐゾロゾロと上野動物園にみんなで行きました」・・・絶句。

 
 2001/02/15   夜の大久保に雪が降る

 今日も歯医者です(今回も笑気ガスNG)。バレンタインデーなので形式チョコなどいただく。読んでる本→山本文緒「そして私は一人になった」、遠藤周作「深い河」、シグマリオンとJ-PHONEの取説など。最近、世の中の動向を知るべくいろいろな街を徘徊。新大久保の中古楽器屋などでスネアを見るがあまり食指が動かない。この街はかなりディープだが、学生時代にT交響楽団の事務所で打楽器レッスンを受けた場所である事に気がつき探してみる。その場所は大久保の駅前にあったはずである。「もうなくなってるのかなー」と近づいてみると、それはまったく25年前と同じ様子であった。
  中央線のすぐ脇にクリスチャン系の団体が雑居している古いビルがあり、その前にはオケの楽器車が止まっている。レッスンはちょっと薄暗くて大きな会議室のようなリハーサルルームでおこなわれていた。その奥には小さな部屋があり、同期の学生が緊張したレッスンを受けている間に覗き込むと、麻雀卓の上に雀牌と点棒が散らかっていて、なにか不思議な光景だった。A先生は「楽隊はねー」と自分達をそんな風に呼んでいたが、まさしくそんな雰囲気がする場所だった。オケの練習とたまにぶつかる日もあって、そんな時は廊下でレッスンだった。楽団若手のティンパニストであるIさんがよく私たちに「おーやってるかー」などと声をかけてくれ、「コマキ楽器の手前にあるキタナイ焼きそば屋うまいんだよねー、なんか知らないけどフラフラ入っちゃうんだよー」なんて言いながら、第二楽章で譜面に音が無い時、例の麻雀部屋に駆け込んでいた。そんなIさんも一昨年、病気で他界されてもういない。ふと気が付くと25年前と少しも変わらない夜の大久保に胸がギューとなって立ち尽くしていた。「ああ・・、雪が降ってきた・・・」

 
 2001/02/11   ケフラールでフラフラール

 抜歯の術後は順調。小さいおやしらずだった為か以前より楽だった。化膿止めに抗生物質(これを入力すると、どーしても“更正部室”になってしまい大笑い・・・“ぶしつ”じゃなくて“ぶっしつ”であることが今更ながら判明、日本語は難しいもんダミン)の「ケフラール」という薬(ケフエールじゃないよ)を飲めと指示あるが、「こいつはトラブルメイカーだ」と記憶が戻る。というのも以前に下の歯を抜いた時、コレをマジメに飲んだ結果、前後不覚に陥り、肝臓が立ち直れなくなったことがある。とはいえ医者の指示であることだし、一個くらい飲んで様子を見ようとゴックン・・・。果たして1時間後にメロメロになってしまった。あなオトロシヤ、アナコンダ。こいつはワタクシにとっていけないドラッグだと判定された。現代医学恐るべし、みんなはOK、ワタシはKO・・。しゃれてる場合じゃないっての。みなさんもご注意あれ。

 
 2001/02/08   持ってくかー??

  歯医者にいった。前回おやしらずを抜きますと宣言されていたので、うーんちょっと緊張しちゃうな、と思いつつ現場到着。まずは「笑気ガスお願いします」なんて言うつもりが「よ、よろしくお願いします」というお約束のご挨拶。院長先生はかなりファンキーな方で腕もよろしく、「きょう抜くんだよなー、家族と親戚にお別れしてきたかー?」などとカマしていただいて恐縮でございます。笑気ガス吸えなくて残念。まずは麻酔、痛いの我慢してねー。続きましてスケーリング、キューンガリガリ・・。美女技工士担当でまな板の恋、もとい鯉が言われるがまま。さていよいよでございます。「よーし、いきますよー、はいガーゼ噛んでね、ゴリッツ!」んんん?「もう抜けたよー、どーだ巧いだろー」恐れ入りましたの3拍子。これだよーと先ほどもまでワタクシの中に収まっていたそのモノを見せていただく。「持ってくかー?穴あけてペンダントなんかにすっといいんじゃない?」センセーいい加減にしてくださいよ。美女技工士も大笑い。歯抜けのワタクシも小笑い。こんどは笑気ガスよろしくお願いします。

 
 2001/02/07   お客さん、これは「一生もの」でっせ・・。

  コンサートが終わりすこしゆったり。更新サボリ気味です。昨日10年以上も会っていない関西のべーシスト、T氏からメールをもらう。ちょうど検索サイトのGoogleで彼のサイトを見つけたところなのでビックリ。インターネットおそるべし・・。先日、携帯用のコンピュータであるNTTドコモのシグマリオンを買った。IBMのB5ノートもあるのだが重量が1.3キロ、こんどのは500グラムでカバンにポイっっと入れておける。そんなカジュアルな感じがいい。カジュアルって「臨時の」という意味らしいが、正式なものって堅苦しいし、かっこ悪い気がする。このごろどんどんと自分がカジュアルな方向に向かっているようで、拾ったスティックで演奏したり、借り物のドラムとかシンバルでも全然気にならなくなってきた。かえってそのほうが新鮮でひらめくことが多い。
  「一生もの」という言葉はもう死語かもしれないが、そんな感覚もなんか違う。だいいち意味を勘違いしているらしい。「お客さん、このハンコ値が張りますけど一生もんでっせ・・」などと使われているが、この意味は「一生使える」という意味じゃなくて「一生がある」たとえば三味線が4,50年しかもたないならそれは「一生もの」であり、その寿命が尽きるということも含んでいるらしい。ようするに死ぬまで同じ状態じゃなくて人間の一生と同じように誕生から青年期、熟年を経て老人となり死を迎える・・そんな変化を持つ道具やモノの事をたとえているわけだ。「人=人間」こそ一生もの、なのである。

 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.


 2001/01/31   KMAコンサート無事終了でございます

 今日は川口リリアで本番→無事終了です。ご来場いただいた皆さんありがとうございました。写真レポートは後日掲載いたします。出演者、スタッフの方々お疲れ様でした。公演の様子や続出するハプニング、やらかし事例など・・後日暴露してみたいとおもいます。レポートを楽しみにしてください。

 
 2001/01/29   楽器車を狙う“車上荒らし”・・情報求む!!

  昨日は川口リリアホールでリハーサル。パイプオルガンとのアンサンブルは楽しいが舞台上のコミュニケーションはかなり難しい。なにしろ音が頭上を通り過ぎてゆく・・。搬出搬入を繰り返し,楽器を引き上げてスタジオに戻り「鳥忠」という飲み屋に行った。話題はズバリ「車上荒らし」である。

  仲間内の萱谷亮一氏の楽器がすべて盗まれてしまったのはつい先週のこと。コンサートマリンバ、ビブラフォン、ドラムセット、ジャンベ、コンガ、スタンド類・・なんとそのすべての愛器がアメリカのNAMMショーに1週間出かけているうちに忽然と消えてしまったのである。被害総額は200万円以上。ドラマーのI氏も以前に根こそぎ盗難に遭っていたので、「けっこう車の中に楽器を置くのはまずいなー」と話が出ていたのだが・・・、その盗難現場は埼玉県川口市である。

  ミュージシャンのみなさん!、車上荒らしには十分気をつけてください。自衛手段はただひとつ「車中に楽器を置かない」・・それしかありません。やつらは簡単に車を開けてしまいます。
  
  ※今回盗まれた楽器の情報・手がかりを求めています。なにかありましたら私までメールください。ご協力よろしくお願いします。盗難楽器の詳細は掲示板に後日掲載します。

 
 2001/01/25     いろんなことが頭とカラダを通り過ぎていく・・

 昨今のできごと。1/22の語呂合わせダイアローグに「すごい!オモシロイ」というメールをいただき本人ビックリ・・。コントラバスをやってらっしゃるKさんという方。初めてお話するのにメールというのは21世紀的かと思う事しきり・・。サングラス仕様だった赤いメガネに15%ブルーのレンズを交換装着、けっこうお気に入り。急に飛行機が操縦したくなり、フライトシュミレータ・ソフトを購入、インストールしたのはいいがビデオカードが必要な事がわかってしまい・・モモンガ状態になる。ついでにジョイスティックも買ったが今はただの黒棒ニョッきし。ついに携帯を新調、J-PHONEの新機種のパカッって開く液晶がカラーでキレイなやつ。もう、うれしいので見せびらかしたり、パカパカ開いたり閉じたり子供かあんたは・・。歯医者に行って欠けた前歯を再生。先生いわく「おータバコのヤニいっぱいだなー、若いんだからちゃんと磨かなきゃーな」・・たぶんワタクシのほうが年上なはず。しかし前歯再生技術はお見事。ぜんぜんわかんないくらいに直っちゃった。恐るべきかな近代医学。T-CUPはTea-Cupである事が突然判明。こちとらT-バックとかのイメージばかりでオヤジまるだし。ボケ発生か??さっきもインストールという単語が頭に浮かばず四苦八苦・・・今日も早く寝よう。

  <更新のご報告>
リンクページを改築しました。リンクしていただいていた方々、お待たせいたしました。相互リンクを進めますので、ご要望ありましたら遠慮なくご一報くださいませ。

 
 2001/01/22     啓示板変えました・・神様お願い止めてくれ

 急に掲示板を変えたくなりまして、変えました。T-CUPというとこで無料のがあると聞き及び急ぎ作成→アップロードと相成りました。サッソクの書き込み(世間ではカキコというらしいが、なんかスケベチックな匂いがする略語だな)いろいろいただきありありありありがとうずんじます。モトイありがとう存じますますのご活躍お祈りいたしておりマスカットは夏に出てくる果物か?。あっ・・すいませんコンサートのリハーサルでテンパッてるもんで・・つい語呂合わせをやりたくなるときはかなりストレスが1000%でございますさてさてさては南京玉すだれ・・やめろっ中2・・になりました・・えっ、もう健一君もう中2になったの?おばさんはまだ小学生かと思ってたのよ、もうそんなに大きくなって・・ほんとに早いわねえねえちゃん、はやくビール持ってきてよ、あっ、すいません、ビールいっぽおおおおおおおおおおん!やりました、やりました柔らちゃん一本です・・ベースの一本ですけど江尻さんいらっしゃいますか?・・いまいません年カメは万年堂のナボナをよろしく(王貞治)
  いかん・・・そろそろ寝ます。T-CUP掲示板無料じゃなかった。おやすみなさいましこやき。

 
 2001/01/18     「うーん、無理してるホストだー・・」

  とにかく寒い。きのう神谷町のD美容室でカットとカラーリングをしてもらった。担当はSONYのバイオC1オーナーであり、カメラマニアであり、時計マニアであり、ん十万円のハサミを使用する、ようするにいろんなこだわりを持つ感性の天才ヘアーテクニシャン、御手洗博氏である。(実名報道が許可されたのでバラさせていただきます)彼との付き合いはかれこれ20年近くになるが、担当してもらったのはこれが2回目である。昨年の暮れの「ウクライナの金髪少年」は彼の発案による作品であり、多方面から賞賛の声とともに非難の嵐を巻き起こした、その張本人である。

  「よーし、今回は7-7いってみよう!・・(カラー番号)・・うーんちょっと入ってないなー、よーし6-4と5-5を3対1、いや2対1でミックスして根元からグラデーションだぁー!」・・・おいおい競馬の馬券買ってんじゃないんだからねー。「よーし、入った入った(色が)けっこうイケテルイケテル・・・カッコ良すぎるなー・・・いい色だねーでも人間の髪の毛の色じゃないよねー。(えーそれって宇宙人ってことか?)ハイ出来上がり、おつかれさんでした・・」 3時に入って出来上がりは7時であった。むにゃむにゃ言いながら鏡を見れば、なかなかの枯葉色的髪である。ワタクシはかなり気に入って料金を払い「ほんじゃー」と帰ろうとコートを羽織ったその時、MテクニシャンのアシストをしてくれていたK嬢、H嬢、受付の方々が「うーん、無理してるホストだーわね」・・・とその作品を、対お客様フィルターゼロで評価してくださった。長年の付きあいとは素晴らしいもので、まことにありがたく率直なお言葉である。
  かくしてワタクシはウクライナの金髪少年から、「無理して若作りしてる新宿のホスト」に変身したのであった。その結果は後日写真を掲載・・・か!?。

 
 2001/01/17     パイプオルガンと打楽器を聞きにきませんか・・

 お知らせです。1月31日(水)川口リリアホールでKMAコンサートをおこないます。前回、好評をいただいた「ケルティック・ロマンス」は今回も女性コーラスを前面に押し出して再演します。目玉はご存知の「リバーダンス」をオルガン,打楽器、ピアノ、バイオリン、ホイッスルのアンサンブルでチャレンジします。ワタクシはリバーダンスのティンパ二ーと現代オルガン曲のパーカッションを担当します。
  エレクトリックなサウンドに飽きてしまった方、芳醇なヴォイスや響きを体験したい方には超オススメのコンサートです。ぜひご鑑賞ください。チケットは「チケットぴあ」にて発売中です。どうぞよろしくお願いします。

    ご案内の詳細はこちらをクリックしてください。 「KMAコンサートのご案内」

 
 2001/01/11      ズレてるのがお好き

 CDになってから本気で音楽を聴くことが少なくなった。LPのほうはといえば・・これもあまり聞かないのだが、中学の時から集めたものが、1000枚ぐらいあるのかなー、なんかめんどくさくなって針を落としていない。(針を落とす・・ってなんですか?と聞かれたことがある)CDを聞く場所は車の中が多いのだが運転しているわけで、本気で聞いてない。ラジオのほうが多いくらいだ。CDを買うぞ!→買った→あける→車の中でニュルニュルと押し込む→音が出る・・・ふーんなるほど、そうかそうか・・って言うくらいの反応でしかない。感性が鈍ったのか、耳が悪くなったのかよくわからないが、あんまり感じなくなってきているのは確かだ。CDっていうやつはおいしい所の倍音が入ってないようだし、わざわざ特定の音楽をショップで買って聞くというのもわずらわしい気がしている。その点、ラジオは何が出てくるのかわかんないのでワクワクする。

  先日NHKの番組で三味線のお師匠さんが“ちょろ”っと弾いている場面があり、とってもイカしてたなー。音もなにかワタクシの年代の琴線に触れるものがあり、少し聞いただけで満足する。西洋の音楽のように構築した美学で成り立っているものではなくて、「とりあえず今はこんな気持ちなんです」という刹那的な感覚がある。ドラムも「これでもか」と上手い人や「がんばってやってます」的なものはトンと受け付けなくなってしまい、生徒が数人で叩いてるズレずれの演奏や、ぜんぜん合ってないバンド、よれよれのリズム、失敗だよね的なユニゾンが好きになってきた。上手いとバッチリ合うわけで、それが気持ちよくないのも変な話しだが、なんかつまんない、厚みがないと感じるし、ドラムマシーンを100台使ってシンクロさせてもぜんぜんビートが出ないのも当然だと思う。そういえば数少ないお好みのCDにリバーダンスがあるけど、良く聞いてみるとタップのアンサンブルは足音がズレている・・ようするにここにビートの秘密があるわけだ。人気があるのもうなづけるな・・。  

 
 2001/01/07      「謹賀新年・・21世紀でございます」

  みなさん、あけましておめでとうございます。
いやいや・・あっというまにお正月も過ぎました。昨日はヤマハ音楽院の冬期セミナー、今日はリズケンの新年会ということで、お約束のスタートとなりました。行事もそろそろ終わりにして部屋の掃除や洗濯なんかもしなくちゃ・・。個人の年賀状は今年は書いていないのでメール年賀状を何通か出したが、そういうのは失礼なのか?よくわからないがここまでコンピュータが行きわたるとそうともいえない気がする。どーでもいい年賀状ってあるじゃないですか、ハンコ押してあるだけとか、印刷してあってなんにも添え書きがないやつのほうが失礼な感じがするなー。失礼っていう概念が21世紀に変わっていくような気がする。電話をいきなりかけるのはかなり失礼だと以前から思っているんだけど、相変わらず携帯直撃コールとかはあたりまえだし、まあ急ぎの用件はしょうがないけど、そんなに急ぐことってあるんだろうか?メールのほうがよっぽど相手に迷惑をかけないし、ゆったりとしたコミュニケーション方法だと思うのだが・・。

  何年か前に会社でドメインを取って各自のメールアドレスをもらい、始めてメールを出した。ほとんどの人がやるように、まず自分にメールを送ってみた。システムを作ったY氏が「すぐに来ますよ・・」と言ったとたんに(刹那ってやつですかね)受信したので目が飛び出すほど驚いた・・。だって0.1秒位なんだもん。「えーっ!これどーなってんの?」「これがインターネットってやつですよ、驚いちゃいけませんよ、うちの会社のサーバーってアメリカのアリゾナにあるんですよ、だからこのメールは一回アリゾナに行ってからここまで戻ってきたんです」・・・この事件からワタクシはコンピュータを真剣にやろうと思ったのでした。
  今年もドラムダイアリーをよろしくお願いします。

 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.

 

 
 2000/12/30    「さて、もういくつ寝るとお正月&21世紀だよん」

  帰京してから、あっというまに年末進行となり、あわただしく大掃除、そして怒涛の納会・・年賀状書きもまだである。周りは正月帰省が花盛りだがワタクシには田舎というものが無く、そういう方々をいつもうらやましく思っている。母の実家は池袋(椎名町)だし、父親のほうはこの足立区でどっちに転んでも動きが取れない。会社のO君が「あした新潟に帰るんですが、すぐ餅つきなんですよ、送りましょうか?」と言ってくれたので「ちょーだい、ちょーだい!」と大人気なく2回も言ってしまった。そうだ、やはり正月はモチだよ、おモチ・・。ぺっタンした本物はうまい!早く送ってね・・。

  さて、正月は何をしようかな?、ゆっくり本でも読むか、それとも映画かなぁ・・東京居残り組みとマージャン大会というのもいいな。久しぶりにゆったりとしたお正月になりますように。

 
 2000/12/23 大阪日記 その10  「演奏中のストローク総計・・?」

  さすがに体がまいってきたようで、腰、背筋がパンパンに張ってしまった。今回の公演はなんと休演日が無い。12月3日のオケリハから今日まで演奏しっぱなしで、体がイカレないほうがおかしい。一日演奏するとどのくらいキック(ベースドラム)をプレイするのか試算してみよう・・・、1曲で約300ストローク(1曲3分、1小節に4ストロークとすると、テンポ120の曲で90小節ある場合にそうなる計算)まあ、こういったショーの仕事は曲数がワンショーで40曲くらいあるので、少なく見積もっても一万回・・えーっ!一万回・・・いやいやなんかの間違いに違いない・・他の計算で・・そーだ2時間の演奏で(つまり60分×60秒×2=7、200秒)・・それで一秒間に2回ストロークすると・・・うわー、やっぱり一万回は超えてる・・じゃー手はどーなるんだろう、それの何倍なのか?10万回か??えーっつ・・それで一日二回公演なんだから・・手足含めて100万回か??なんか気が遠くなってきた。

  ヘッドやスティックの消耗も激しいのなんのって、この回数を考えれば無理も無いか・・。シンバルスタンドが折れるのもわかる気がするし、ストロークやフォームを注意してプレイしないと体がすぐ故障する。この歳になるとモーラー的なストロークは危険で、手首をあまり使わないほうが良いように思われる。また、ひねりを加えたような動作は怖い・・。ペダルもヒールダウンしたままの奏法をメインにしたほうが疲れが少ないし、微妙なビート感が出るようだ。とにかく毎日実験である。

  そういえば先ほど手帳を見たら11月頭から全然休んでいないことに気がついた。これが終わったら少し休みをとらなくちゃ・・これは昨年悟ったことだが・・人間は休息が必要な動物である。・・・おいおい今頃気がついたのか?。

 
 2000/12/18 大阪日記 その7    「ライカの山と欲望の山」

  大阪は雨・・・なんか調子出ない感じである。毎度の事ながら低気圧が来るとブルーになる。今日は夜の6時30分から本番なので少し散歩することにする。阪急東の方へぶらぶら歩いてみるが、これといった店はなく、ましてや神社仏閣、古代遺跡のたぐいがあるはずも無く、きたない(失礼!)町並みが続くばかりである。カメラ(FUJICAのAX-1)を持ってきたのだが、撮影意欲がまったく湧かない。そうこうしているうちに直感が働き、のあるビルの中に入ってみると、はたしてそこはライカの山だった。なんとOSカメラという関西では有名な中古カメラ屋に吸い込まれてしまったのである。

  「いらっしやいまーっせ!」勢い良くお出迎え・・。いかん・・冷静になれよ・・「何かお探しで?」「いや、別にブラブラ散歩の途中で・・むにゃむにゃ・・」・・やばいやばい・・FUJICAちゃんバッグにしまっとこー、この方たちにかかったらこんなカメラは一刀両断にされちゃうもんね(でも実験によるとこいつはライカよりイケテルんだけどなー)・・とにかく内部は博物館と見紛うごとくのライカ屋敷で、まあこちらもすこしはかじっているので眺めていると「お茶か、コーヒーいかがですか?」ときたもんだ。そりゃそーだ、なんせ単価が10万円以下の商品が置いてない店だもんね、しかし値段がすごい!ちょっとしたレンズが20万、30万・・・どーなってるんだろー。35/2のズミクロン8枚玉が25万円!!!5,6年前の中古カメラ市で某カメラ店の人が「お客さん、ねー買ってってくださいよ・・9万でいいですから・・」と言ってたのを思い出して「くそーあんとき買ってれば良かった」と思ったが後の祭り。この不景気な時代にこの世界だけはバブルのようだ

 しかし品の無い話しである。もともとライカやライツの製品はドイツのすばらしい工業的芸術品だがここまで日本に流れ込んできて良いんだろうか?うわさによれば世界中のライカの半分以上は日本人所有および日本の店頭にあるそうだ。なんかエコノミックアニマルという言葉が久しぶりに頭をよぎってしまい、なんにも買わずに出てきてしまった。もちろんコーヒーもお茶も・・なし。

 
 2000/12/16 大阪日記 その6  「智恵子飛ばず、シンバル飛ぶ・・」

  いやーひさしぶりにぶっ飛びました。一回目の本番が終わり、2回目、2部の9曲目、そろそろ今日の仕事もおわりだなー・・と思いつつQeenの「Let Me Live」が始まりました。、ハードなロックフィールなのでフルパワーでガンガン演奏してエンディング・・フロアータムとベードラで引き伸ばしながら両手で左右のクラッシュをフルショット・・グアシャーンと決まって正面を向いたら・・・んまーなーんてことでしょう、スネアーの上にクラッシュシンバルが乗っかてるんです。
  
  「なななんですかこれは!?」左側のシンバルスタンドをみるとブームの先からシンバル部分が無くなっていて、まるで葉っぱの無い枯れ枝みたいになっちゃってるんです。これじゃただの棒だよ・・。事態が飲み込めないままスネアーの上からシンバルを持ち上げると、なんとブームの先の金属ネック部分からバックリ折れてるんです。エンディングの最後の一発で折れたらしく、それがシンバルもろとも手前に飛んできてスネアーの上に着地したようで・・むむ・・お見事!感心して見惚れてる場合じゃないんだよ江尻君・・非常警報発令!シンバル捨てろーえじりー、まだMCだよな、あー終わっちまった、あああんもう次の曲始まるぞ・・指揮者,スリーフォー・・おいおいおーいオレのシンバルが、えーい、もうこうなったらこのままだー、あと3曲なんとか右側のクラッシュで・・いいかん、さっきまであったはずのシンバルに向かって空振りしそうだよー・・よーし1曲終わり・・もう慣れちゃったもんね・・でも正面から見たらカッコ悪いんだろーなー・・など面白がってるうちに本番終了。終わってから聞いたら、すぐそばにいるベースの渡辺健氏やキーボードの金子氏は全然気がつかなかったらしく、逆に上手にいるサックス、ホーン、ストリングスグループは「モニターテレビのなかでなんか飛んだぞー。なんか江尻氏やらかしてるぞー」と話題になってたらしい。(ワタクシは下手リズムセクションで上手のほうは、離れているのでモニターで指揮者を見てるんです。)
  
  いやはやとんでもない一日でした・・何千人の見てたお客さま方・・・そんな事情でございました、おしまい。

 
 2000/12/15   大阪日記 その5 「リバーダンス大阪公演!」

  今日は1時から本番、その後なんとなんと・・リバーダンス大阪公演にいくことになったのです!!。それはといえば、前回の東京公演に行ったのですがあんまり満足していなかったせいもあって、今回の来日こそ・・と思っていたのですがあまりに忙しくてチケット忘れて・・。あきらめていたところ、RD(リバーダンス)のページの掲示板に「チケットがほしい・・」と書き込んだら,反応があって譲っていただけることになったんです。とにかく大阪城ホールに向かってまっしぐら。よかったです、感激しましたね。Aブロックだったんですけど、バンドの真上で生音が聞こえるんです。パーカッション&ドラムもバッチリ見えて最高でした。かなり初回来日の演出とは変わっていましたが、その勢いは衰えていません。2部は少しダラリとしましたが、フィナーレはもうスタンディングものでした。この大阪城ホールは東京フォーラムより音響が良いようで、細部の音色まで聞き取れます。よかったよかった・・。再来日を期待しています。明日、あさっては2回公演(自分の仕事の話しです・・・むむむ・・)

 
 2000/12/13   大阪日記 その4 「ドラムショップへ行きました」

 
 
谷町9丁目にあるACTに行きました
 スティックを買ったり岡本さんや田名瀬さんと
 いろいろお話しをしたりエレドラを叩いて遊んだりした後
 6時半から本番でした。帰りは“ひげ”という中華屋さんで夕食。
もやしいっぱいラーメンがおいしかったです。
 

 
 2000/12/12   大阪日記 その3 「天神で銭湯発見!」

  きのうは本番の後時間ができたので、久しぶりに夙川のモンデンサウンドクリニック(ドラムスクール)を訪問。門田茂氏とはもう20年以来の友人で、兄弟のようなあいだがらである。歓談の中で関西の重鎮ドラマーでワタクシも若い頃何度もお世話になった馬詰のりあき氏が亡くなった事を知り愕然とする。まだ50歳代かとおもうが,亡くなる直前までスクラッチという自己のバンドを率いてがんばっておられたとのこと。ドラマーは責任の重いポジションであり、その上にバンドリーダとしての重責が体を蝕んでいたと察せられるが、あまりに突然の訃報であり、心よりご冥福を申し上げたいと思う。・・合掌。

  さて本日は二回公演、仕事がはねた後,隣の駅である天満まで足をのばし銭湯探しとなった。天神橋5丁目あたりにそれはあるらしく交番で聞きながらようやく発見。まさにノーマルな銭湯で,番台あり、おばちゃんありの旧タイプ。お湯はアルカリ水を使用しているらしく、まろやかでよく温まる。風呂銭も東京より安く、昔あったような「洗髪10円」という但し書きがある。(女性だけかもしれない?)ともあれ,良い場所を見つけたのでなんかうれしくなってしまった。そういえばこのあたりは母方の祖母が住んでいた場所と聞いていたので、なんとなくDNAが共鳴するような気がする。町のほうはかなりゴミゴミしているが、アメ横にいるような感じでリラックスできる場所である。ポカポカに温まった後は焼肉やで一杯・・。あーこれじゃ足立区パターンと一緒だなー。やまれらまへんがな。

  明日は夜公演一回なので、昼間に谷町9丁目のドラムショップ「アクト」に行ってスティックを買ってこよーっと・・。

 
 2000/12/09   大阪日記 その2 「初日終わって大騒ぎです。」

  本日は13時30分音出し。いろいろやって17時から初日本番。20時ぐらいに終了してから,怒涛のバンド飲み会である。ストレスのレベルが200パーセントの為か、はたまた飲み代が制作会社の領収書のためかわからないが、とにかく勢いは凄まじいものに・・。宿泊先の新阪急ホテル近くの飲み屋(すし屋)で一次会。食いまくり&飲みまくりの後、二次会突入・・。ピアニストの白石准氏,およびベースの渡辺健氏、マルチリード・プレイヤーの小田島氏など同年代ミュージシャンの間で抱腹絶倒??の場面となり、とにかくピアノ白石氏の1970年代のTV番組の話題で大盛り上がり&馬鹿騒ぎ・・。ああ。もう眠くなってきてしもうた。明日は本番2回だよん。

 
 2000/12/08    大阪日記 その1 「長時間耐久リハーサル」

  6日,夜半に大阪梅田コマ劇場入り、夜中にドラムセッティング。翌7日、昼より舞台稽古あり。終わったのが午前0時。今日は11時に音出し開始、そしてようやく終わったのが夜中の0時30分。もうダイアリーを書いている時間まったく無し。11名のミュージシャンが40曲近い譜面を演奏してまた直し、また演奏・・・また直し・・。書いたり消したりの大乱闘。
  舞台上では数十名のダンサーが踊りまくり,歌いまくり、30名を超えるスタッフは象を押したり,階段引っ張ったり、PAの音上げたり下げたり、モニター小さいだの、バイオリン上げろだの、M22はテンポが速すぎるだの、いや初めのテンポだの、指揮者が見えないだの、それはスリー,フォーだったんじゃないのかだの、頭にドラムソロいっぱいやってみろだの,パーカッションはフリーソロやってくれだの、腹減っただの、トイレ行きたいだの、暗がりでメシ食ってるやつだの、いまどこやってんのだの、弁当あるのか無いのかだの、ケーブルにつまずいて溝に落ちているやつだの(オレ)、場当たり中にタバコ吸いに行って消えてるやつだの、原寸大の作り物の象に触ってビックリしてるやつだの・・・。てんやわんやの大騒ぎ。
  なんとかやっと通しで一回やったけど、あしたはもう本番。裏はすごいことになってるが、たまに表に回って舞台をながめると、舞台裏の修羅場とはまったく正反対に、それはそれは美しく、華麗で豪華なものになっている。表舞台を見ることは自分が出演していると不可能だが、こういうショーをじっくり鑑賞してみたい・・そんな気持ちにもなってくる。明日は13時30分音出し、17時本番一回。

 
 2000/12/03    仲間発見・・歯を食いしばれ!

  ダイジョースタジオで13時~20時リハーサル。譜面の関係で大混乱・・。ジャズだったら良いのだが、なにしろ11人編成のバンドなので適当にやるという訳にもいかず困り果てた。あと2日のリハでまとまるのだろうか?まったく見当がつかない状況である。

  とにかくリハが終わり会社に戻るとピアノのA氏を中心したバンドのレコーディングの真っ最中。モニタールームでミキサーをやっているM人氏と歓談・・。「歯が欠けてそこから根っこのほうが膿んで・・・痛くて医者に行ったんですよ、そんで明日は切開手術なんす・・」「えー俺もきのう欠けちゃって・・」ワタクシと同じである。でもまだ膿んではいない。「なんか歯を食いしばっていると、どんどん欠けちゃうみたいですよ・・」そーか、じゃー今日のリハなんか一番まずいことになる訳だ、歯がボロボロになっちゃうよー。いつ直せばいいんだか・・まったく時間が無い。大阪で歯医者、うーん、なんか危なそうだなー。とりあえずここで一句・・。

「俺も欠けたぞと口開き、歯を指差し語る冬空」 鯉 路恵(江尻俳号)

 
 2000/12/02    せんべくったら歯が欠けた日

  今日は父が亡くなってちょうど一年である。光陰矢のごとしというが、本当にあっというまに時間がたってしまう。気持ちの整理とか,落ち着く、という間もなくやらなければいけないことがあまりに多すぎてゆっくりと感慨にふけるということもない。一度だけ夢に出てきたが、経理コンピュータで仕事をしているワタクシの脇に立ち、「それは違うなー」と言っていた。まあ実務的な現れ方だこと・。

  大阪に20泊もするので準備が必要なのだが、まだ何もしていない。モバイルはIBMの240をつかっているが、データ通信の速度を上げるためにNTTドコモのP-in Compactを買ってきた。実験したところ64Kなのでずいぶんと速い。かなり快適に過ごせそうだが、大阪からこのページをアップするのには設定が必要なので今日はお勉強になりそうだ。

  そういえば“おせんべい”をかじっていたら前歯の一部が欠けてしまった。うーんショック!以前にソーセージを歯で剥こうとしてトップのアルミのところを噛んでしまい少し欠けたのだが、今回はその後遺症があったらしくハラハラっと崩れたので、唖然としてしまった。歯医者に行ったらどうなるのだろうか?削るのか、埋めるのか、それが問題だ。歯医者は嫌いなんでございます。
  
 2000/11/29    もうすぐ大阪に行きます

 


「リハーサルにて」

なんか楽しそうにしてますがけっこう苦労しています。
 後ろは ベースの渡辺 健さん 相変わらずロングヘアーです。
 二人で冗談ばかり言ってます。

 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.

 


 2000/11/28    あったかいと思ったら寒かった長い一日

  やっと決算が終わり、午前中に税理士事務所の担当者としばし歓談。とにかく消費税をなんとか圧縮しようということになり作戦会議となる。あたふたとヤマハ音楽院に移動、昼食、レッスン6時間。帰りにPCデポ(コンピュータショップ)に立ち寄り市場調査。中華店で夕食の後、東横線にて会社に戻る。2FにてI氏、M氏と打ち合わせ、1Fロビーではなじみのバンドが浮かない顔・・・いつも路上ライブをやっている渋谷駅前で他のグループが逮捕されたとのこと。ますます住みにくい世の中になってきそうな気配。明日のリハーサルの楽器の補充(18インチ、フロアータム)、すでに一日の仕事を始めてから14時間が経過(一日12時間以上働かないようにしているのだが・・)午前様となり急ぎ帰宅、風呂を沸かしてダイアローグを書くと・・・・い、いかん・・もう寝なくては・・明日は11時出発、品川のスタジオで大阪公演のリハーサル(13時~21時)・・難しい譜面じゃなきゃいいんだが・・。

 
 2000/11/25    本日のできごと。

  今日は染川良成君と恵さんの結婚式で演奏しました
 とっても楽しい一日でした

 おめでとうございます 寿 @:@ 寿
 


 
 2000/11/24    行事目白押し・・ウクライナの少年です

 会社の決算業務。ややこしいし、めんどうくさいが頭の体操としては最高・・なのか?。以前に演奏ばかりしていた時,“池袋”という漢字が書けなくなってあせったのが懐かしい。今はIQが戻った感じ。昨日は美容院でM氏に髪の毛を「ウクライナの少年」にしてもらった(??)。世の人々は「アッシュですね」とのたまうがワタクシにはわからない。明日はリズケンで講師をやっているS氏の結婚式。、楽器搬出入アリ、ジャズカルテットの演奏アリ、主賓の挨拶アリ、酒・食事アリ、二次会アリ、人食いアリ、モハメドアリ・・・。日曜日は親父の1年祭(神道なので一周忌とは言わないらしい)またまた、ミコトノリあり、食事あり、挨拶あり、裏ドラあり、酒あり、運転あり、ウクライナの少年頭でヒンシュクあり、のアリアリ攻撃行事大会目白押し・・・。来週から大阪のリハが始まるし遊んでいる余裕がない。銭湯もご無沙汰。さきほど掲示板の書き込みを見たらY音楽院の卒業生二人が来訪。活躍しているようでとってもうれしいなー。・・・というような状況なので月曜日までダイアローグはお休みでございます。

 
 2000/11/20    あめがじゃんがじょんぶしふってます

 なんか変な天気で外が変なニオイがする、とっても気分がマイナーな一日だ。国会も滅茶苦茶で莫加みたい。研究員のk谷君の誕生日なので7人で小松庵という蕎麦屋に行き乾杯。恵比寿ビール、湯豆腐、モツ煮込み、蓮根の天ぷら、ざるそば、釜揚げうどんなどなどたいらげて2時半となり解散。帰ると「内閣不信任案の採決」が始まりそう・・でも結果がわかっているサッカーの試合と同じなわけで寝ることにする。外は猛烈な雨模様・・台風なのか??@:@

 
 2000/11/19    アメ横で靴を選びました

 アメ横で靴を買った。ドラムを演奏するための専用シューズというものはこの世に存在しないため、ドラマーはそれぞれ工夫をしている。ワタクシも例外ではなく色々と試してはいるがファッション優先の時も多く、また一定の物に慣れてしまうのを恐れるためあまり気にはしていない。この変化の法則は他の分野のプロと呼ばれている人たちもよく論じている。つまり、こだわりを持って一つの道具やフォームを変えないタイプと、ちょこちょこ変えて回りの人を驚かせる二通りの人がいる。プロゴルファーのジャンボ某氏などは毎シーズンごとにクラブを変えるタイプで、ワタクシも永くひとつの事をやっていくにはそこに秘訣があると感じている。

  他の人から見ると「なんて浮気性なんだろうか」と思われるかもしれないが、医者の言葉にも「同じ筋肉を連続して使わないほうが良い」とある。しかし道具への感性、感覚に鋭敏でない人がこれをやると大混乱になりスランプとなるし、ワタクシもしばしばドラムやスティックを変えているが(ように見せてはいるが)根本にあるテクニックのコンセプトは変えないようにしているし、保守的な部分に対するリフレッシュの場合も多い。しかし、本番のテンションの中で使用してみないとその楽器や道具が持ってる能力が見極められないため苦労する事もある。プロゴルファーも練習でスポスポ入ったパターが試合で全く入らず、頭に来て地面に殴りつけて折ってしまい、その後のホールをすべてドライバーでパットした選手がいるくらいで、とにかくお道具選びは難しいものである。

  今回は、やわらかいカンガルー皮で(スエーデン製)黒のスニーカーがデッド物で見つかったのだが、ちょいとサイズが大きい物しかなかった。そのためインソールを入れることにしたのだが、この世界も奥が深く、また科学的に研究されているようだ。結局スーパーフィートという米国製ランニング用のものを専門店のアドバイザーに薦められて装着。(しかし3,800円もするとは驚いた!)なかなか良さそうである。本番ではどうだろうか・・?「江尻さん、なんで途中で靴ぶん投げて裸足になったんですか?」・・・なんていうことになちゃうかもね。

 
 2000/11/18    「神は存在した」・・のであった。

  先日、某お寺の骨董市に行った。フリーマーケットのようなプロの的屋のようなはっきりしない出店が並んでいる。なんか予感がして奥のほうに進んでみると,果たして中古カメラのお出ましである。これはかなりイケそうな・・。ぶらぶらと見て回るとありましたよん!ヤシカのM42(すいません,昔のねじ込みマウントのこと)ヤシノンDX-50㎜/f1.7がホコリまみれでワタクシを待っていたのです。このレンズは30年近く前に富岡光学という会社が製造した物で、レンズおたくの間では評判の逸品である。「ふふふ・・どうだ・・おいしいぞー・・オマエのために用意したんだぞー・・。」神のお言葉が頭の中でコダマした。

  手に取って見るまでも無くそれはおいしいシロモノであった。黒い鏡胴、右開放,右無限・・(またまたすいませんレンズのピント,絞りの回す方向でございます)まさしく富岡光学の作品である。「ふーん・・こんなのあるんだ・・」ワタクシはさりげなく、そして何気なく聞いてみる。こういった状況ではいきなり買う気を見せるのはシロウトである。店のオヤジは同じくさりげなく言う・・「あーん、ヤシカねー、古いんだよね。」・・・・どうもよく解っていないようだが・・「けっこう汚れてんなー、ふーん・・・・・いくら?」いきなり聞いてみた。「2.000円だよ」・・神のお告げであった。「えーっ!2.000円!?」(あーいかん!びっくりしちゃダメダメ・・シロウトだよ江尻君・・)あんまりに安いのでぶっ飛んでしまったエジリノリカズ。しかしこの先のの顛末がすごい、オヤジは何を勘違いしたのかワタクシが「高いなー」と主張したと思ったらしく「あっ!じゃーいーや1,000円で・・」と口走ったのである。

  お金を払い、スーパーの袋に入れてもらったその戦利品を右手に持ちながらの帰り道、ワタクシは神の存在を改めて確信したのであった。

 
  2000/11/16 「フューッ・・・ピーッ・・ヒュー・・」 奇人・珍人覚書-その2

 「今日は鳥寄せのオジさんが来ます!」・・先生が突然キッパリと言いました。ワタクシを含めたM幼稚園のバラ組の園児たちは何の事かさっぱりわかりません。

  なんだかんだでお昼を済ませて外の園庭に集合すると、その男はフラフラとやってきました。粗末な身なりで、まるで浮浪者のようにも見えますが、なぜか眼光は鋭く自信に満ちています。キッパリと宣言したその先生以外の人たちは「何が起こるんだろう?」とその哲学者のような男を不安げに見つめています。男は右手を高々と差し出し、ある物を見せました。穴のあいた五円玉です。そして口に当てて吹き始めました・・「フューッ・・・ピーッ・・ヒュー・・」何も起きません。「フューッ・・・ピーッ・・ヒュー・・」園児たちもあきれています。10分経ってもなにも変化はありません。
  
  「なんだよー・・なんも来ないよー」と子供達がつぶやき始めたその時、頭上に一羽のスズメが飛んできました。「あっ、鳥が来たー!?」あれよ、あれよというまに目の前の木にスズメがビュンビュン飛んできます。空はあたかも鳥の運動会のようで黒い点でいっぱいになってきました。こうなるともう訳がわかりません・・みんなビックリしてパニックになってきました。「フューッ・・・ピーッ・・ヒュー・・」男は吹きつづけます・・。涙目で見ていた隣の女の子が「あーっつ!」と叫びました・・カラスです。カラスが黒い羽を広げて飛んできました、一羽・・二羽・・。そうこうしているうちに園庭の木はスズメ、カラス、もず、よくわかんない珍しい鳥達でいっぱいになってしまいました。開いた口が塞がらないとはこの事です。男はまるで鳥達の支配者のように木の下に微笑みながら立っています。今思い出しても非現実的な光景です。その様子を確認した男は五円玉を吹くのを止め、鳥達は役目が終わったかのように空に向かって戻っていきました。そしてキッパリと宣言した先生から白い封筒を受け取ってまたフラフラと帰っていきました。

  いったいあれは何だったんでしょうか?ワタクシが本当に体験した、今でもよくわからない奇妙で不思議な出来事です。

 
 2000/11/14  「全身顔だ!寒くないぞー」 奇人・珍人覚書-その1

 今日はヤマハ音楽院のレッスン。往復3時間もかかるので,電車の中では読書か昼寝・・。以前は車で行ってたのだが疲れるので電車通勤にしたのだが,けっこう楽しいものだ。その車中で感じることだが東京の人の顔がどうもフニャフニャになってきてるような気がする。1990年位から“あれ?変だな・・”と思い始めていたのだが、この頃確信を持つようになった。どう表現したらいいのか解らないが、テンションが緩んだような、自分で考えることを放棄したような・・そんな感じかな・・。音楽をやっているといろいろな土地に行く事が多く、人間ウォチングをしてみるが、地方はそれほどでもない気がする。

  電車といえば高校時代に「全身が顔!」というノボリを持った裸のオッちゃん(白いパンツ一丁なんだなー真冬でも・・すごすぎ!)に車中で何度も遭遇したが、あの人はなんだったんだろうか?その人はバカボンのパパそのまんまのかっこと、指圧の浪越徳次郎さんみたいな恵比寿顔で、すごくニコニコして、おなかがプックリ・・「わはっはっつ!」と大声で笑いながら「全身顔だぁ!寒くないぞー」とか叫びながら乗客を幸せにしていた。みんなも「でたよ・・顔男だよー」と言いながら、車中はすごく和やかな雰囲気に包まれていた。全国を行脚しているようだった。それはそれは、とってもいい顔をしていたのが今でも思い出される。顔男の消息やいかに?。嗚呼!なつかしの東京珍景・・でした。

  ※次回は、ワタクシが幼稚園のときにゲスト(?)で来た、鳥たちをある方法で呼び寄せる“謎の鳥寄せおじさん”です。こまっちゃうくらい、不思議なお話ですよ・・。お楽しみに。

 
 2000/11/11  ハッピーバースデー ♪♪

 今日は誕生日・・ぞろ目に生まれたのでみんなが覚えていてくれるらしい。ありがたいことである。ところでオレは何歳なんだろうか?ほんとうにわかんなくて調べてみたら32歳になったらしい(大ウソ)。とにかくオメデタイのでPCAの減価償却ソフトを一日中やっていた。すさまじい誕生日である。
  おめでとうメールもたくさんいただいた。Gooのカードになっているメールをいただいたのだが、開くと音楽が鳴ってとっても楽しい。今の時代を感じさせるモノだなぁ。みなさんどうもありがとうございます。@:@

 
 2000/11/09  新しい免許ができました

 
 誕生日が近いので免許の更新に行きました。
こんなのになりました。(なつかしいなあ・・。)
 「なめ猫免許証」今見ると爆笑ですね。
 検問で出したら喜ばれるかな?(ふざけんな!逮捕だっ)

 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.


 2000/11/06  夜の魔性と今後の日本

  この休みに吉本隆明と逸見庸の対談集「夜と女と毛沢東」を読んだ。夜というものが持つ魔性や創作との関係など的を得たコメントがすごく面白い。「朝型の人間が世間を牛耳ってから,日本は間違った方向に進んでいる」「健全な昼の偽善のほうが、夜の病より病理としては深い」・・など、かなりイカした発言も多いのだが、「人間の精神の中には夜や闇を好むものがある」とか「適度に堂々と人間は気違いじみた時間を持たないと歪がくる」「名状しがたい病理は朝と昼の山手線のドロンとした病的な目、何をしたらいいのかわからない・・せいぜい定められた会社に行くだけ。こういった昼派が行っていることがすべて健全と認識されていることが怖い。」というくだり・・うーん、御意!。朝の通勤電車でアロハ着てるだけでニラまれたことがあるが、まさに少数派排除、夜型否定・・でもそんな仕打ちにはとっくに慣れてしまった。健全ファシズム打倒!夜型クリエイティブ万歳!
  
  もうかれこれ30年は夜型だ。このごろの東京・・夜の色気まったくなし。シーンとしてます、もう寝なさい、静かにしろ・・。ドイツ行ったとき「朝8時に起きるようなやつは人間じゃない」とも取れる発言を聞いたが、「じゃあ、朝8時じ寝るやつはアウシュビッツ行きなんでしょうか?」と言いそうになった。イタリア・ローマ最高!、夜12時に古代遺跡の見える広場で酒飲んで大騒ぎ・・夜間照明もバッチリだ。

  そういえばドラマーも夜の匂い(ちょっと危険な香り)がするひとが少なくなったような気がする。一時期のスティーブ・ガッドは夜のニオイがプンプン・・なんかやってんな・・危険な魔性が入ってる(今はどうかな?)スティーブ・ジョーダンも色気ムンムン・・あーどっちもニューヨーク系か。とくにスティーブ・ジョーダンは実際に一緒にいると、その魅力は筆舌に尽くしがたいものあり。女でも男でも「もう好きにして・・うっふーん」と言ってしまうほどイケてる。大トロだね・・、ネコ飼ってるし、午前中はゾンビだと言ってた。夜は魔物か?

 
 2000/11/02   ちょっと休息・・かな?

  会社の決算業務に突入。減価償却ソフトに入力が必要なので自宅作業が多くなる。経理のYさんがウイーン国立歌劇場の公演に行った話を聞く。(なんとチケットは5万円!!でも招待だったらしい・・よだれがタラタラ・・)韓国から来ている留学生のL君と話しているうちに、以前リズケンに在籍していた同じ名前の留学生L君(彼は中国からで,今は北京にいる)からTELあり。元気そうだ。(日本語ペラペラ)北京の音楽学校で教えているという。そうこうしているうちに研究生のK君が,いそいそとドラムを運んできて組み立てている。今、はやりのY社のHIP-GIGというコンパクトドラムを買ったようだ。1階のAスタジオで試奏開始。なかなか良い感じでドカドカやりまくり・・。小柄な女性がニコニコして見ているが、話してみるとコマキ楽器のHさんで、僕がよくお仕事をいっしょにしているバイオリニストのUさんのいとこである事がわかりしばし歓談・・、明るくてすてきな女性だなぁ。とってもいい感じである。
  明日からは少しOFFを取って体をいたわってみたいと思う。すこしダイアリーもお休みでございます。

 
 2000/11/01   ニューオリンズが好きです 

  天気がどーもいただけない。午後出社して税務所からの書類を作成。お役所の文章はさっぱりわからず????「以下の方々についてご回答願います」と来たもんだ。なにをご回答すればいいんだか皆目見当がつかない。頭にきたので、O氏から借用したセカンドライン・ドラミングのビデオ資料を見る。ここ最近はこの類の渋いドラミングがお好みで、アール・パーマー、ジョニー・ヴィダコビッチ、などがストリートビート、ラグ・タイムなど素晴らしいビート感を披露している出色の映像である。ニューオリンズのドラマーたちはビートの本質をよく理解しているし、派手ではないが本当の「ドラマー」だと感じる。

  以前PASのコンベンションでニューオリンズに行った時、この二人とミーターズの“ジガブー”モデリストを生で聞けて、最高に良かったなぁ・・。LA系のドラマーも同時に出演していたんだけど、なんかプラモデルみたいだった。“ジガブー”がその時「みんな良く聞け!いま他のドラマーがやっているファンクは全部オレがミーターズでやったもんだぞ!まったく真似して金儲けしやがって!今ここでオレが本当のファンクを聞かせてやる!!」と啖呵を切ったので、オーディエンスは「そーだそーだ!」とスタンディングで応えていた。(うしろの方でフュージョン系のドラマーたちがビビっていたのが面白かった。)

  ミュージカル関連のお仕事ではラグタイムや古いアメリカのリズムがしょっちゅう指定されてくるのでリズムスタイル研究が必要になる。ある時「ソフト・シュー=Soft Shoe」と書いてあって、良くわかんないのでピアノの女性に聞いたら「それってゆっくり目のタップダンスで靴音がしないやつじゃない・・速くて音が出るやつはハード・シューよ」と答えが返ってきてビックリ。「へーよく知ってるなぁ、ソフトクリームじゃないんだ・・」と言ったら馬鹿にされました。ドラマーはもっと勉強しなくちゃと思いました。

 
 2000/10/30    タナボタ公演の写真集ができました!

  今日、タナボタ公演「新血鬼ドラキュラ」の写真集をアップロードしました。こちらからどーぞ! 見てくださいな。

 
 2000/10/29    タナボタ公演終了!

  千秋楽終了です。昨日書いたように楽しい一日となりました。終わったとたん、ものすごい勢いでバラシ(道具や舞台,楽器のかたずけの事)が始まり、どーにか車に楽器を積み込んだあと、簡単なロビーでの打ち上げ、しばし歓談・・。あわただしく楽器車と共に帰宅。ドラマーは打ち上げで飲めないことが多く(まだ運転と楽器の積み下ろしが残っているため・・)そういった意味では舞台スタッフの方々と同じである。これとは別に渋谷でキャストの打ち上げがあっのだが、こんな事情で出席できず残念!。(キャストの皆さんごめんなさい)

  やれやれ・・・っと、取り急ぎ,風呂に入って早く寝る事にしよう・・。見にきていただいた方々、どうもありがとうございました。写真レポートは後日「ドラムのお仕事中」のページで紹介します。スタッフの皆さん、キャストの方々お疲れ様でした・・。柏木玲子バンマス,腰をお大事に・・。


 
 2000/10/28    千秋楽はおもしろい事が・・

 今日は二回公演で実質的な最終日と言える。なぜかというと本公演の最終日、つまり明日の千秋楽は特別イベントだからである。役者陣もいつもと違うアドリブの台詞回しや、妙な仕草、タイミング外しなどの技を繰り出すことが通例で、面白くて見逃せない一日である。。バンドはさすがにアドリブ大会とまではいかないが、ピットに入っている時は衣装部から金髪カツラを借りてきて女装しているキーボードのやつが座っていたり、ガムテープでブラックジャックみたいに傷を作ってラッパを吹いていたりなど、いろんなことをこっそりやっている。(でも、これは自分が関係した公演だけかもしれない・・。数年も続くようなモノの千秋楽ってどうなんだろうか?)お客様もそれを知ってか満員になることが普通で、舞台、観客、オケピットが一体となってヘンテコリンな演劇空間を楽しんでいる。

  こういったことは音楽だけのコンサートでは味わえない面白さであって、芝居やミュージカルの楽しみはこんなところにもあるんだと思う。今回のタナボタ公演も毎日見にきている人(顔もよく知ってる)がかなりいるので、日々「今日のAさんの歌は昨日より声が出ていてよかった!」など公演後に話しあっているんだと思う。(これはレンズのボケ味がどーのこーの言っている私を含めたカメラおたくと一緒で、ごくあたりまえの姿と言える)

  今回はオケピットではなく遮幕裏と呼ばれる舞台後方に位置して演奏しているので舞台上のことはすべて見えている。(オケピの場合はテレビモニターで指揮者しか見てないこともある)明日はどんな千秋楽になるのか楽しみだなー。バンドは一応ノーマルモードでやる予定でございます。

 
 2000/10/27    やらない美学(芸術的さぼり)

  本番が終わると夜10時、すぐ品川の天狗で生ビール、ネギトロ巻き、軟骨からあげ等々・・疲れているのですぐ解散となる。帰りの電車は金曜日の夜とあって、凄まじい混雑と酔っ払い・・そーか、給料日後というわけか。皆、陽気というわけでもなく、疲れと脱力の空気が漂う殺伐とした車内。耐え切れずに北千住ですこし休憩。もう12時近くなったがまだ家にたどりつかない。西新井からタクシーで帰宅。風呂に入ったり、このページを書いたりなどしていると、すぐ3時くらいになってしまう。

  今日はある事情でモニターからの返りの音が小さく、演奏に勢いがでなかった。本番の演奏をやった感じがしていないのでスッキリしない。ドラマーはある程度音量を確保していないと良いビートが出しにくいし、手の振り(ストローク)をコントロールしてばかりいるとストレスが溜まってくる。もちろんピアニッシモでビートを出しながら演奏する事は技術的には可能だし、よくやっている事なのだが、ハードロックをやるより疲れることが多いし、神経もズタズタになる。

  よくドラマーに音量を下げることを簡単に要求する方がいらっしゃるが、そんなに簡単なことではない。役者に「動作を少なくして演技しろ!」という注文が出たとすれば、それは無理ということだろうし、相当に高度な技術、または芸術的洗練が必要となる。日本の「能」はそうういった意味からすると逆説的な表現方法の極致といえるが、もし、その「能」の役者に「あんまり動いてないから楽でしょう?」と言ったら怒り出すに違いない。ミュージカルもそんな「能」的な空間や「間」の美学を取り入れたらもっと日本独自なものに発展していくのではないだろうか?

 
 2000/10/26    中古カメラ市場価格が高騰!

  現場に行く前に浜松町のフジカサービスセンターに寄った。お気に入りのカメラ、フジカST801とSTX-1のモルト(遮光用のスポンジみたいなもの)交換。一台2、000円ということでけっこう安い。メカニカルな修理は受け付けていないようだが、結果が楽しみである。フジカの一眼レフカメラはあまり注目されていないが、レンズは素晴らしいものが多い(クラカメ倶楽部参照)。ボディのデザインも秀逸で、ST701のシルバータイプは過去の日本製一眼レフのなかで一番セクシー&女性的な雰囲気を持っている。レンズ、ボディ共に30年近く前の物であり、絶対数が少ない事もあって(なぜなんだろう?あまり売れなかったらしいが・・)中古市場では良い物が見つからない。

  CAPAのカメラ本で「中古標準レンズ100本ガイド」という新刊がいま書店にあるが、その中でもFUJICAのレンズ(EBCフジノン、X-フジノン)が4本推薦されている。この4本はワタクシも全部所有しているが標準のオススメはやはりM42マウントの55/1.8(EBCと非EBC)と50/1.6(EBC-Xマウント)であり、コントラストが低く、発色は目が醒めるような原色強調(特にEBC)、ボケ味はとろけるようなまろやかさ(誉めすぎか・・)。あと本にも載っているXフジノン50/1.9FMもよいレンズで、Xマウント時代のモノでM42時代の非EBCフジノンの味にかなり肉迫した写りを持っている。(クラシックカメラファン以外の方,ごめんなさい・・訳がわからんオタク用語につきましては別ページで今後解説します)
  
  いずれにしても発見するには、かなりの努力が必要なレンズばかりだ。このあたりのマイナーレンズが再評価されてきているようで、一人でこそこそと集めている者にとっては嬉しいことである。しかし市場にモノが少なくなってしまうので、こういった「レンズグルメ本」は罪な部分もあるなー。せっかくお金をかけないで楽しんでるのに、最近中古カメラの価格は2,3倍になってしまった・・困ったなぁ。

 
 2000/10/25    地震だー! オマエ自身です

 やー、とにかく体があううううっつ・・@:@。昨日の真露・・記憶が欠落。マチネの本番で山台が揺れて・・オマエがユレとんだっちゅーに。相棒の柏木玲子先生は腰痛勃発、譜面用照明を5%緊急アップ。二日酔い&腰イタアンサンブル、もうカタワレの宮崎誠氏は元気・・若いんだもんね。ヤマハ音楽院の首脳陣がご高覧&楽屋見舞い。ソワレまでの休憩に蕎麦を食す、BGMはモダンジャズ・・摩訶不思議。楽屋に戻って寝ていたら役者のT女史に襲われる。のしかかってくるのを懸命に振りほどきソワレに突入。サロンパス柏木&ジンロ江尻+ゲンキ宮崎、無事に任務完了、演奏合計時間6時間弱・・。即座に場所を品川のイタリアンに移し、ピザ、スパゲッチ、ビール、安置パスタ、泡だしワイン、カプチーノで仕上げ、滞在わずか40分。会話も少なく引き上げ、途中品川駅で役者の方々に遭遇・・・オツカレサマデシタ。てなことで、明日は夜1回、5:45音出し。

 
 2000/10/24    韓国家庭料理症候群・・

 昼からヤマハ音楽院のレッスンを終えて、現場に移動。夜公演をこなして仕事が終わりやれやれ・・。今日はなんかノリが悪い。休演日もあとはどうもモッタリしてしまうようだ。、幕間に照明のO氏と談笑・・、そうこうしているときに以前にスタッフだったFさんが来訪、今は保母さんになっているとのこと、スカートをはいているので皆ビックリ・・!。この世界から足を洗ったようである。
  急ぎ帰宅・・途中でスーパー銭湯のJに立ち寄る。一風呂浴びて近所のA焼肉に行くがもうしまっている。まいったなー、そういえばなんか新規のお店で近くにあったなー・・。N店に始めて行く。ここはA店と同じく「韓国家庭料理」のお店である。日本語はまず99%通じない。(この手のお店が足立区の界隈は増えてきつつあり、見極めは本物の韓国真露・・ビンに入っているやつ・・と豚バラの焼肉がある)一杯やっているうちに韓国オモニが絡んできて、まったく日本にいる気がしない。とにかく日本語がまったく通じないんだから・・。まるでそこの家の息子になった気分である。サービスは満点で、酒はついでくれるし、ナムルとかキムチ、オイ・キムチも全部タダ・・(この辺ではあたりまえです)気持ち言いタラありゃしない。ただ・・あとからはいってきたオネー様が「なんで焼酎全部飲まないの?」と責めるのでつい一瓶飲んでしまって・・酔っ払いになってしまうことですかね・・ウイーッス・・。おやすみなさいッス・・ZZZZZZZ・・・。

 
 2000/10/23    気圧変化過敏症候群

  天気が悪いので気分もふさぎがちである。今日は休演日なのでリズケンの研究生講座をやってからラーメン屋に行って終わり。職業がらスタジオやホールの中にいることが多いのだが、気圧の変化にかなり敏感で「あー、今雨が降ってきたなぁ」と分る事がしばしばある。おまけに歯がうずき始めて昨日も本番中に少し痛かった。ちょっとまいったなー。

  研究生のK君がニューヨークに行ってきた。とにかくハイである。10数年前からボストンに在住しているドラマーのS氏からブラシのテキストと手紙が送られてきた。とにかく字がへたくそ。無理もない。アメリカは空前絶後の好景気、日本は最低の状況・・。せめて秋晴れだったらいいのにな。それだけでも皆明るくなるのに、この天気ったらもう・・。早く寝ようっと。

 
 
 2000/10/22    つまんない場所、放浪、定住拒否

  品川から仕事の現場の天王洲アイルまで歩いてみた。けっこう近いという話だったが、迷ってしまってワンワンワワーン・・とほほ・・という時に前方に役者のS氏とY氏を発見!先導してもらってようやくたどり着く。このあたりはバブルの頃に臨海付近の開発で盛り上がった場所らしいが、今となっては「地面のエネルギー」がまったく感じられない中途半端な人工都市である。写真に撮りたい物がない・・。すごく立派なビルがあっても“魂”が無ければ、それはコンクリートで固めたお地蔵様である。どうも埋め立て地は好きじゃないな。お台場とかもダメな気がする。方角とか方位の関係かな??。

  今話題のTそごうの付近も同じような場所だったなぁ・・。ニュータウン、絶対住みたくない所だな。とにかく気取ってるだけでなーーーんも無い。屋台も銭湯も飲み屋も無い。あるのはうわべだけ着飾った建物だけ。こりゃいかんなー、つぶれるなーと思ってた。吉幾三の歌じゃないが(あれは逆に考えれば田舎のほうがマトモということ)まったくつまんないところだ。ある外人が「東京は世界で一番セクシーじゃない都市」と言ったらしいが、(その外人は上野とか谷中なんかに行った事がないんじゃないかな?)でもその発言はかなり的を得ている。

  演奏やその他表現形式もそのアンチテーゼからか、かなりカジュアルな方向(たとえばストリート・パフォーマンスなど)に向かってきているが、路上生活や放浪、モバイル生活、住所不定有職(?)、都市アウトドア実践、テント演劇、見世物小屋・・・などなどのキーワードに今ワクワクする人も多いのではないだろうか?田舎暮らしがしたい・・とかなんとか言ってるが、ほんとうは田舎に行きたいんじゃなくて「放浪」したい、もしくは定住拒否かもしれませんよ、お父さん!。

 
 2000/10/19    ミュージカルの舞台裏は?

  今日はタナボタミュージカル「新血鬼ドラキュラ」の初日。天王洲アイルのアート・スフィアで11時30分からリハーサル、続いて通しゲネプロ、7時から本番、9時過ぎに終わって即帰宅。さすがに10時間もドラムに向かっていると頭がクラクラしてくる。ドラムの位置はステージ奥の4メートルくらいの山台の上で、前後の幅があまり無く、ドラム椅子の後ろは30センチも無い。ちょっと気を緩めると墜落の危険がある。本番の照明は譜面がやっと読める程度であって、そんな中で演奏していると「オレは楽器を演奏するトビ職か?」と思う事しきり。

  山台というものは曲者で、あるテンポでビートを刻むと“共振”が始まることがしばしばあり、譜面台はユラユラ、ドラムもフラフラし始めて始末が悪い。体調が悪い(または二日酔い@:@)時は「んん?地震か??」と勘違いする事も多い。まあオケピットの時はすさまじく狭いことがあり、ドラをくぐって入ったりなど、潜り込むという言葉がまさに当てはまる。おまけに「ロスコ」とよばれているスモークマシーンに視界をさえぎられ(これは油を燃やしているらしく、飛んできてドラムに落下するとヌルヌルする)とにかく、暗い、煙い、高い、怖い、狭い・・・などなど凄まじいものがある。役者の方々も同じようなもんで、早変わりやなにかで舞台裏では走りまくっている。今回はイリュージョン(大仕掛けの手品的演出)もあってたいへんである。(ちょうどドラムの位置からその裏舞台がバッチリ!・・でも秘密です)

  こんな状況でも総勢数十名のスタッフで一つの物を創り出すことは醍醐味があり、苦労も多いが感動もひとしおである。明日は11時からヤマハ音楽院でレッスンの後で夜公演・・・これが29日まで続く。さあ早く寝ようっと・・。

 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.


 
 2000/10/16     北千住の大黒湯に行きたいな

 この間書いた「東京の温泉」について銭湯でいま配布している「東京銭湯物語」に記述があったので紹介してみよう。
  温泉と、井戸水や湧き水との違いは「温泉法」を満たしているかどうかであり、これは(1)水温が25度以上あるか、(2)定められた物質のうち、ひとつでも基準値以上の量を含んでいるか、ということらしい。東京の温泉にはコーヒーのような色をした「黒湯」というものがあるらしく、先日行った池尻大橋の「大江戸東山温泉」もそれにあたる。これは太古の植物が変化した物質や海底の泥、火山灰などが地下水に溶け出したためで、この「黒湯」にはフミン酸という有機成分が含まれていることが分っている。このフミン酸は湯あたりを軟らかくする効果があり、また植物由来の有機物にはステロイド骨格、つまり女性ホルモンと同じような働きをもつ成分が多量に含まれており、肌を美しくする効果もおおいに期待できるそうである。この「黒湯」が東京の公衆浴場として認可されたのは平成3年らしく、つい最近までは温泉とは認められていなかったのだろうか?はたまた銭湯のお湯として使ってはいけなかったのだろか?うーん、そのあたりはよく分らない。

  話は違うが北千住にある「大黒湯」は昔ながらの様式を保っている東京で唯一の銭湯らしい。(ここは前述した黒湯とはちがう)また銭湯ファンクラブ(東京入浴会)というものがあるらしく会長はなんとロック歌手?の「王様」であるらしい。風呂に入るときは顔の“グルグル”模様は書いてあるんだろうか?
まあとにかく今度の銭湯探索は北千住の大黒湯ということにしよう。

 
 2000/10/13     東京にも温泉があった!

  リハーサルの間に2時間弱の休憩があったので、池尻大橋周辺を散策した。246の反対側に渡ったところ「大江戸東山温泉」という看板を発見!。どうも本物の温泉らしい・・。ためしに入浴してみるか・・。銭湯よりも少し高い料金を払って脱衣場へ、中は今流行りのスーパー銭湯である。休憩室、居酒屋付でけっこう豪華だが、すこし狭いし天井も低く、銭湯に比べると開放感があまり感じられない。さて、問題のお湯のほうだが、これは鉱泉ではないかな?温度がかなり低く、うすいコーラのような色で強塩である。ちょっと舐めてみると強力に塩っぽい・・。うーむ・・でも東京で温泉とは珍しいものだ。
  一時間後には通しリハもあることだし、そそくさに引き上げる事にする。スタジオに戻るとダンサーのKさんが「江尻さん・・どこいってたの?」とすかさず聞いてきた。この方はなんかちょっとしたワタシの変化に気がつくようである。「うーん、えーとあの・・温泉にちょっと。」「えー??@:@?」別にリハーサルの間に温泉に行ってはいけないという事は無いと思うのだが・・。

 
 2000/10/11     ケルトからジャズに移行かしら?

  リハーサルの帰り道に渋谷に寄ってみた。駅前の混雑は凄まじいものがある。西武のA館の前ではバンドが路上ライブの仕込み中・・・そういえば、ケンスタの常連で宮崎出身の3人組「グロウス」がよくここで演奏していると聞いていたので探してみたがいなかった、うーむ今日は休みか・・。

  すぐ近くにTSUTAYAがあったので久しぶりにCDを買う。今興味があるドラマーはジェフ・ワッツとグレッグ・ハッチンソン。その二人が参加している、ブランフォード・マルサリスとジョシュア・レッドマンのアルバムを買って今聞きながらダイアリーを書いている。近年は体調不良ということからか「ケルト」関係ばかりで、リバーダンスやイリアンパイプ(バグパイプ)の奏者「デイヴィ・スピラーン」、リールやジグの各種リズムばかり聞いていた。(微妙な変化の繰り返しにはまった)ジャズの起源というものはいろいろ取り沙汰されているが、最近はアイリッシュ&ケルトの影響がかなり濃厚であると思うようになってきた。
  
  さて今かけているのはそのジョシュア・レッドマンの新譜だが、かなりパワフルにスイングする一方、上品で繊細な仕上がりになっており、ワタクシ好みのサウンドである。あまりメンバーの事は知らないし、メインストリームのジャズの知識はもっぱら個人レッスンに来ているドラマーのN君から仕入れている。グレッグ・ハッチンソンのドラミングは今自分がやりたい事を全部やっているのでマイッタ・・。うーむ、ちょっと元気になってきたんだな・・ジャズが素直に聞けるようになったのが嬉しい。

 
 2000/10/10     ラベンダー湯に行きました

 今日はヤマハ音楽院のレッスンからタナボタミュージカルの音楽リハーサルに移動、かなり譜面が多いし(B4で200枚ぐらいある)、マスタースコアーにドラムパートが書かれている譜面形式なので譜めくりがたいへんである。自動譜めくり機は開発されないんだろうか?その後会社に戻って色々と報告を聞き・・あっ、もう10時過ぎだ!「ラベンダー湯にいかなくちゃ!」???

  なんのことかわからない人も多いと思う。これは東京都内の銭湯が10月10日恒例にしている「ラベンダー湯フェスティバル」の事で、もう6年目になるそうだ。ラベンダーにはストレスを解消して深いリラックスへといざなう効果や、神経の高ぶりを鎮め、心地よい眠りを誘う効果などが医学的に認められており、ヨーロッパではポプリ(乾燥花)や抽出エキスが日常生活でも広く使われている。
 (銭湯の小冊子“1010”より抜粋)

  さてさて、11時終了ギリギリに入場したワタクシは、湯船に投入されたラベンダー(生の茎がネットにたくさん入っていました)の香りにつつまれてご満悦・・。ちょっとした贅沢気分です。保温効果あって今もポカポカしています。また来年が楽しみだなー。銭湯の情報は、東京都公衆浴場環境衛生同業組合のサイト(すごーく長い名前だな・・) http://www.1010.or.jp までどうぞ・・。

 
 2000/10/07     音色(ねいろ)は音の色 ♪♪

 ダイアりーのデザインを少し変えた。なんか文字が読みづらい感じがしたので、壁紙を白っぽくしてみたのだが・・。さて昨日の地震に続き今日は鹿児島の桜島が爆発・・。三宅島から引き続いて噴火、地震と各地はあまり穏やかではない。午後は明日からのリハーサルのドラムセットの積み込みをやる。このダイアリーではあまり本職のことを話題にしないようにしているのだが、その訳はリズム、ビート、もちろん楽器に関して書くことがありすぎてこまってしまうこともあるし、ドラムマガジンという雑誌に10年以上もセミナーや雑文を書いていたこともあって、それ以来あまり音楽を言葉で説明(?)したくなくなった。でもすこし気持ちにゆとりができたので、なにか書いてみようかな・・とも思い始めている。

  90年代に入ってから解ってきたこと、それは耳を良くするには“目”を鍛えればよい。要するに音色とはまさに「音の色」である訳だし、サウンドやトーンカラーが気になってくると逆に“目”の感度も上がってくる。事のきっかけは1990年前後、ドラムの音や回りの音楽が自分に気持ち良く聞こえなくなってきたことにある。その当時、ヤマハ主宰のドラマーズ・キャンプに来ていた外人ゲストドラマー達が一様に「耳栓」を常用していたことでもその状況がよくわかる。CDとデジタルの時流のなかで、ドラムセットの音色が演奏者自身の耳には心地よく響かないことが多くなり、(まあ今話題の添加物入りのようなかんじ・・)自己の振り子が逆に動き出したプレイヤーはかなり試行錯誤しながら「本当に気持ちのよい音」を探し始めたように思う。(まあアナログに戻るってことになるんだけど・・音楽共有&複製頒布、ということになるとデジタル缶詰&フレーズ優先もしょうがない事なのかもしれない。)
  本当にうまい物や気持ちのよい音は、食べた瞬間=耳に入ったその時はそれほどアタックがあるとは思えない。もっとまろやかに響くと思う。そして長く人の心に記憶を残す。ここ10年は「もっと強く、速く・・」そんな呪縛からの解放がテーマになった(逆療法としてマーチングもやってみたけど・・)。絵を見たり写真をやるのもそのためで、“色”の世界は奥が深いものである。

 
 2000/10/06     コミュニケーション・ブレイクダウン♪♪

 ヤマハ音楽院でレッスン。事務局のO氏がバルナック・ライカのコピーである「ニッカ」を昨日買ったらしく、いそいそとスナップしていた。クラカメ病原菌に感染したらしい。講師室で鳥取の地震速報をTVで見て中国地区出身の学生に報告。もう連絡した者も多く、大事には至ってないらしい。帰りにPCデポ日吉店に行きCD-Rを見る。近くにいた店員に「USBは6倍速が最高なの?」と質問したら「そーですねー」も何も無く、いきなり「USBは実効速度における転送速度に限界がアタピーやスカジーよりもスペックとしてなんちゃらかんちゃら・・・???」と始まってしまい宇宙人と話しているようだった。目が据わっていて気味が悪い。おまえはハードディスクか???。なんか日本が変な国になってしまったような気がしてしょうがない。まともなコミュニケーションができないんだろうか?
  
  帰ってから酒を飲むわけでもなく(昨年の体調不良の時から医者にあんまり飲むなと言われている)なんとなくTVでやっていた「逃亡者」をみる。なかなかいい映画だなあ、子供のころ黒白のTV映画として同じ物をやっていたけど、主演の金ボール・・いやキンボール役は、なんたらジャンセンという人だったような気がする。最後につかまって裁判(これは今の映画バージョンとは違う)になるが有罪・無罪の2パターンつくって、どちらが放映されるかその日まで分からないようにしていたようだ。そういえば結末はどうなったんだろう?肝心のところを見ていない。
  アメリカ映画はなんかキリスト教的“愛”のメッセージが込められているように感じる。「E・T」「ホームアローン」なんかは特にそう思うし、ユングが言うところの共通無意識や原型に働きかけてくるような気がする。諸外国に行くと隠された「秩序」のようなものを強く感じ、感動するることが多くあるが、今日の日本は霊的にまったく「無秩序」なのではないか?。

 
 2000/10/05     怒涛の債権者集会 (中野サンプラザにて)

  昨年の末に天国へ旅立った父の関係で、なぜか「債権者」という立場になってしまい、今日はその説明会というめったに体験できない場所に行った。サンプラザ中野、もとい中野サンプラザはすでに殺気だったオヤジ達で満員である。民事再生となった(よーするに破産)主役のN社役員は壇上ではなく舞台下(よくある前席とっぱらいのオケピットあたり)にズラーと並んでいて、その上には何にも無いステージ・・・異様な絵ズラである。経緯説明のあとは魔の質疑応答となった。
  それまで黙って拝聴していた約2000人の人間が突然野獣と化し、あとはお約束の「金返せー!」「なにやってんだーテメー」等々、罵詈雑言の嵐・・。まさに修羅場とはこの事なり。いままでいろんな修羅場は経験してきたが、これは過酷な経済ステージである。このオケピットに居るN社の役員達は寿命がたぶん3年は縮まったに違いない。客席のオヤジ達は主役のデタラメさ加減にあきらめ顔が多く、これが日本経済の実体かと思うと情けなくなる。こちらとしては自分が絡んだことでもないし、「まあ、お金が返ってこなくてもしょうがないな・・」という心境でヘラヘラと見ていたが、世の中には、ちゃんとした会社+肩書き+背広&ネクタイでありながら、チヨーいいかげんなやつも存在するんだな・・と実感。お勉強になりました。
  「資本主義・オフステージ」が見られて面白かったが、人間の暗部を見せられたようで、とっても後味の悪い一日であった。(そんなわけで帰りにFUJICAの防水カメラHD-Pを買ってしまいました、8、000円でした。よかった楽しいことがあって・・)

 
 2000/10/04     今日のお仕事はこれです
 
                            

 「江尻さんずいぶん太りましたね・・」
そうじゃないんです・・これもお仕事なのよ。そのわけが知りたい人はタナボタ企画のミュージカル“新血鬼ドラキュラ”を見にきてください。あっ!これはまだ秘密なのか・・しまったでも前宣伝ということでちょっと公開します。
  よく「江尻さんって会う前はすごいマジメで怖い人かと思ってましたが、けっこう面白い、変な人ですね・・」とノタマウ方が多いですがもともと下町のガキですのでそんなお上品ではありません。もちろんミュージシャンはみんな少し(かなり)変ですのでご承知ください。
 撮影 : 矢吹正則 カメラマン

 
 

 2000/10/03     目の中に月が出てるんですが・・?

  今日はタナボタ企画ミュージカル“新血鬼ドラキュラ”のオケ合わせの初日。ヤマハ音楽院のレッスンを早めに切り上げ急いで南武線の宿河原というところに行く。迷いながらも、ようやく到着してリハーサルが始まり、しばらく演奏してからパート譜のサイズの話になった。「うーん、譜面灯があんまり明るくできないかもしれない・・A4よりB4のほうがいいかな?」・・このごろよく目が見えなくて・・などとこぼしていたら「老眼!」と掛け声が飛び、プロデューサーの関さんがメガネを差し出した。なになに・・と反射的にかけて見るとけっこう“見えて”しまった。これはまずいな。本物か・・?

  目といえば数年前にかなり無理をしてしまい「中心性網膜脈炎」という病気になってしまった。これはプロ野球の選手やカメラマンがなりやすいトラブルだそうで、明るい中で何かを凝視する特殊な人がかかる職業病のようなものらしい。症状は右目(自分の場合)の中心部がちょっと屈折したようにゆがんでしまい、色も黄色にみえてしまうのだ。たとえるとずーっと“月”を見ているみたいですごく変な気持ちになる。思い起こせばそのときはバリ島に1週間→怒涛のドラムキャンプをはさんで、ロンドン→チューリッヒ経由でイタリアに(その間、写真撮りっぱなし)20日間くらいいろんなところをぶらついて帰国。翌日からミュージカルのリハーサル1週間、本番2ヶ月・・・今考えると身の毛もよだつようなスケジュールで体のことなんか考えちゃいない。医者はレーザー治療を薦めたが無視・・。我慢しているうちになんとか元に戻ったが昨年再発、またほっといて直る・・。反省しなきゃな・・。

 
 2000/10/02     マージャンやってますか?

  どうもはっきりしない天気が続く。秋晴れはどこにいったのやら?コンピュータはご機嫌を直したけれど、おかげで夜昼逆転である。研究生レッスンをやってから、久しぶりに来たN君と話をする。バンドのこと、仕事のこと、これからのことなどなど話しているうちにマージャンの話になった。「この頃やってますか?」「いやー全然・・・」そういえばやっていない。
  白状すれば中学から高校、大学まで麻雀総計時間はすさまじいもので金があっても無くてもやっていた。高校は元浅草にあり、授業のあと上野駅に向かって帰る途中は「銀扇」という木造長屋の二階にある雀荘がオキマリであった。ある日学生服のまま左手にはタバコ、右手には雀パイといういつものパターンで盛り上がっているところ、ふっといやな予感が全員に走り入り口を見るとなんと「おまわりさま」が二人ご登場していた。一挙に大混乱となり対面のやつはいきなり窓から隣の家に飛び移ろうとして、窓枠に足をかけ、隣のやつはただわけがわからずパイをツモったまま・・まさにパニックのその時「まて!少年課じゃなない!」とおまわりさまが声を掛けてくださった。いつも私たちを放し飼いにしている雀荘の女主人(我々は親しみを込めて“銀扇のババア”と呼んでいた)がニヤニヤしながら「こないだ空き巣が入ったのよねー、きょうは事情聴取なんだよ・・・」
  やっと事態が飲み込めてきた我々は、「いかんなーこんなことで取り乱して・・もっと大人になんなきゃなー」とまた麻雀に戻りました。なんかおおらかな時代でよかったな。そのババアも雀荘も、すでにこの世には無いらしい。

 
 2000/09/30     パソコン低気圧に頭が痛い

 昨日からコンピュータ(Windows98)が立ち上がらなくなった。まったくもう・・外は雨だし今日は一日覚悟を決めて勉強することにする。パソコンといえばもう15年位前からMS-DOSマシーンが経理用に導入されていたり、周囲にマックのクラシックが転がっていたりしたのだが、自分専用を持って本格的に使い始めたのはこの1年位からだ。会社では、私が触るとマシーンが壊れる・・というジンクスがあり、実際トラブルがよく起こった。静電気を貯めやすい体質らしく放電が原因らしい。(ほんとうはやっちゃいけないことを必ずやってみたくなる体質か?)
  OSの上書きインストールをやったり、モガいているうちに夕方になった。腹も減ってなんか暗い気分になったところでだんだん原因がつかめてきた。すこし不安が残ったまま銭湯→そば屋というコースになり、戻ってきてこのダイアリーを書いている。そば屋では若者達が大騒ぎで宴会状態だった。なんで子供がそば屋で酒飲んで騒ぐんだろう?大人の居る場所が無いな・・この頃はどこでもお子様登場だ。うーん明日は晴れかな?低気圧敏感シンドロームなのでセンサーは“晴れ”と感じているが果たして・・。晴れたら自転車で散歩でも行こうかな。

 
 2000/09/29     銭湯療法は引っ込みつかず

 このごろ銭湯によく行く。きょうもひと風呂浴びてきたところだ。歩いて1,2分のところに一軒、これは昔ながらのそれで、さすがに番台はないけど神社のような建物と高い天井は健在だ。最近すごいジェットバスが導入されてごきげんである。もう一軒は近頃はやりの「ニュー銭湯」でビルの中に銭湯、コインランドリー、マッサージ室、ロビー+居酒屋(風呂から出たら5秒で生ビール!)おまけにカラオケ道場まである。料金はどちらも400円でなんかとっても幸せな気分になれる。
   昨年あまりにいろいろとあり、体をこわしてしまったのだが「その日の疲れはその日に解消・・」という目標を立て試行錯誤の後、この「銭湯療法」にたどりついたのだが、これはおすすめである。

  子供のころにもよく銭湯で「体にカラー印刷」がある人がたくさんいて“すげーキレイだなー”と思って見ていたが、今日も2人いた。そーいえば高校の時、友達が二人銭湯に行って(片方のあだ名は“アンちゃん”という)洗い場ですわり、せっせと洗おうとしたら石鹸が無い・・。相棒に向かって「アンちゃん!セッケンかしてー!」とけっこう元気に呼びかけたところ、「おー、いーよこれ使いな・・」とドスの効いた声がして、「アンちゃん」のとなりにいた全身カラー印刷のアニキが石鹸を“にゅるっっ”と「アンちゃん」越しに差し出したそうだ。彼は凍てつきながらも「うっつ・・すんません使わせていただきます・・」と言ったはいいが、ビビりまくって思わず助けを求めるように「アンちゃん」に目をやると、「ふにゃらぷしー:@;:¥・?」と訳のわからんことを口走りながら、蛇口を「なめて」いたそうだ。そのあと「アンちゃん」はひっこみがつかないまま、ずーっとAHOAHOモードのまま入浴するはめになったという。帰り際にそのアニキが、「おまえのダチはたいへんだナア・・大事にしてやれよ」と言ってくれたそうだ。(一部創作混入してマス)

 
 2000/09/27     串焼き、八海山、すいとん・・・・         

   今日は税務署にいってから、会社で税理士のN先生と相続の最終打ち合わせ、それからいろんな契約書を自分と会社(変な話だけど自分個人と会社の法人代表としての別の自分に対して、契約書をとりかわすという一人芝居)を作成しているうちに、収入印紙を貼って二つの印鑑を力まかせに押しまくったところ、契約の日付を間違っていることが判明・・。泣く泣く廃棄して、またコンピュータで出力&また力任せに・・。などやっているうちに頭が炸裂してストレスがたまっているところに、こんど結婚するS君がやってきて、あーでもこーでも言ってるうちに日が暮れて・・。
  2階のスタジオでは今度出版するO友社のレコーディングが進んでいて、コントロールルームでは昨日のギャグチャンピオンのM人氏が「もう“わりん”に飲みに行く」という設定の元にコンピューターをバシバシ・・・。これはもう一日が終わった(あたりまえだよ、もう12じだよー)“わりん”に場所が移って飲みまくり・・。串焼き、八海山、生ビール、すいとん、「すいませーん、おあいそ・・もう2時半だよ・・」 
  もうくたくただよ、寝るぞー・・・・・。

 
 2000/09/26     イルカ、ゴンズイ、その後は??           

 最近の話題はやはりオリンピックです。けっこう五輪ギャグが飛び出していますが、(株)ケン・ミュージックのお笑い事業部“M人氏”がカマした「陸上の男子ヤリにげ」とかはイケてます。また水泳の自由形に「イルカ」が代表で泳いだらどーなるのか?という究極の選択は、かなりイメージが膨らみます。飛び込みでまず「ずりずるぶしー」とすべりこんであとはあっという間に金メダル・・・とおもいきや、ターンの時にちがうコースに乱ニューして失格。イルカ君予選落ち、涙、涙・・。

  日大芸術学部の1年のときジャンケンで負けて体育の夏合宿が「水泳」になりました。館山というところで5泊6日の強化研修と相成り、天気は快晴、回りはアホの芸術狂人ばかり・・・と絵に描いたような“なんか起こるでーこれは”という状況です。早速初日に私が「海の殺し屋、ゴンズイ君」を2匹海中で踏み、死にそこないました。足は直径が3倍です。次の日はトイレに入っていた鬼の体育教官にべース科のT君が水を上から浴びせかけ、大喧嘩となりました。
  さてさて最終日は恒例の遠泳5キロです。みんなスタート!船上からはアメを投げてくれたりして、楽しく進んでいます。途中で急におぼれてるやつもいます。2キロ地点あたりで突然、はるか前の人から「たすけてくれー」と悲鳴があがりました。「なんのこっちゃ??」とハテナが頭をリピート・・。その叫び声は遠泳の列の先頭からだんだんと自分のほうに・・。ついにきました、オレの前のやつが「おおおおっつ!なんだよこりゃ!!」まさに溺れんばかりです。私の心は恐怖と??でパニックに・・。いきなり体になにかがヌメヌメとまとわりつきました。「ついに出たな、海坊主!」意を決して海中をのぞいてみると・・・。そこにはニコニコした「海がめ」がわたしたちの体を順番にその手で撫でてくれていたのでした。あたかもその地獄のような遠泳をあざ笑うかのように・・・。嗚呼、思い出の夏のひとコマです。
 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.

 

 

 2000/09/25      テロリスト合同庁舎に潜入(ロイター共同) 

  今日はマジメなお仕事で「経済企画庁」というお役所にいった。堺屋太一長官いるかなー、と思ってキョロキョロしてみたがいませんでした。(おーい子供の日記になってるぞー)入り口で門兵のおっちゃんにつかまりました。「どちらまで?、ここに名前を書いてくださいねこのやろー・・・おめーは誰なんだ?んん、ネクタイはしてないのか?なんだその茶色い頭は、いくつなんだあんた、爆弾持ってんじゃないのか?んん・・」ああっ!すんません、通りすがりのもんで別に・・あっつ!このカバンの中身は爆弾じゃないのか?おまえ、「いや違います手りゅう弾ですっ!」・・・なにーっ!そーかそんならいいがホントーに爆弾じゃないだろーね。「だから手りゅう弾ですってからに・・もー、なんなら爆発させてみましょうか?」どかあああああああああああああああああああああああああん!!!!もくもくもく・・・・・・・。「ねー爆弾じゃなくて手りゅう弾っていったでしょ」・・うーん、そーだね、ではこのバッジつけてどーぞ。(中間部は妄想、白昼夢こんにゅー)やれやれ、やっといれてもらいました。おしまい・・。

 
 2000/09/24      いました・・アリさんが植え込みに  

  20日の日記で“この季節にアリを見つけるよりむずかしい・・・”と書いた。このところどういうわけか“アリ”というキーワードで進んでいるが、いました、いました“アリさん”が。日吉のヤマハ音楽院に行く途中で植え込みに向かってみんなで行列しているんです。おーアリだな・・と普通だったら思うだけだろうが、今回は事情が違う。「しまった・・めったに見つかんない、というたとえでアリを持ち出したのに、こんなにうじゃうじゃいるなんて・・、ということはあのレンズもどっかの植え込みに、いやカメラ屋にウジャウジャいるんだろうか?オレが知らないだけかもしれない・・・、人間もっと謙虚にならなきゃいけないだろうか、たかがレンズごときで舞い上がって・・・」思わず立ち止まって妄想と白昼夢モードに入り、アリが「俺たちはいつもここにいるよーん」とせせ笑っているように思った。

  行列しているアリを見てここまで自己反省しているやつもいないんだろうが、これはアリさんをたとえに持ち出したのがまちがえだな。「この季節にトンボ・・」これがいたんだな、銭湯の脱衣場に・・。「この季節にカエル・・」あーだめだなすぐウジャウジャになる。「この季節にイルカ・・・」おいおいどこにいるんだ??どこにイルカ?・・あっ!す、すいません、Webおやじギャグが・・。

 
 2000/09/22     「オメー、彼女できただろー?」    

  木、金とヤマハ音楽院の前期試験で合計40人ほどのドラミングを聞いた。毎度の事ながら、ドラムのサウンドやタイムフィール、グルーブ感は人によってかなり違っていて、試験ながら楽しませてもらった。今回はセカンドライン・ドラミングがテーマで2年生ともなると曲に合わせてかなりインプロバイズできるようになる。試験とはいっても一般的なそれとは程遠いもので“オーディション”の模擬的なものに近く、ギャグあり、笑いあり、涙アリ、人食いアリ、モハメド・アリ、初見あり、など、緊張感を保ちながら和やかに進めるようになっている。

  ここでもうひとつの楽しみは“スネア聞き比べ”で、学生が唯一持ち込める個人楽器のそれを講師たちが小さな声で“あれはP社の新製品だな”とか“L社のオールド、やっぱりイケル”など寸評することだ。そこでは“それいくら?”などという、お下品な質問もよく飛んでいる。(まったく個人的な話になることもしばしばで、彼女や彼氏ができたやつは絶好調の場合が多い。その逆は・・・わかるでしょ。)

  しかし、まあ、みんなすげー高いスネアを何台も持ってること!自分が初めて御茶ノ水で米国製のスネアを買ったとき(ラディックの#400、25年前の当時、1ドルが300円以上はしていたと思う)5万円近くのプライスで、あまりに高価でケースが買えず呆然としていたところ、店主が“これに入れていきなよ・・”と中古の布製ケースをくれたのをいまでも思い出す。なんかすごくうれしかったな。こーいうことはいつまでも覚えているものだ。すごく豊かになったんだなぁニッポン。もはや戦後ではない(なーに言ってんだか・・)

 
 2000/09/20     中古病の感染は「出会い」の喜びから 

  きのう銀座のレモン社でフジカST701シルバーの中古を見つけてしまいました。とってもまずいことにフジノン28/3.5(EBCではないタイプ)という、この季節にアリを見つけるよりむずかしい30年前のレンズが先端にくっついているのを確認、これは「神の啓示」としか思えず(しょっちゅう神様がいろんなことをおっしゃる・・)おぼし召しに従って、めでたくお買い上げとなりました。

  “男は子供が生めないので遺伝子が何かを集めるようになってんだ”と単なる言い訳をしているやつがいたが、よーするに集めたがりなわけで、女もバッグかなんかしこたま持ってる人がいることからもこの説は否定される。

  うーん、とは言っても「いいものは良い」という極限の言い訳をするまでもなく、このフジノンレンズは大当たりで、実写もイロっぽく(このごろのキーワード)よかですたい。神様ありがとう・・(ウルウル)、やっぱり中古道は「出会い」の美学と見つけたり。新品をカタログ見て買う人種も、出物・縁物という感覚を知ったら、あっというまに「中古病」に感染だ。おーこわ・・。レンズ実写のレポートは後日「クラカメ倶楽部にて」

 
 2000/09/19     三日ボーズか・・?
  
  日記を書くのはうまれて初めてと気がついた。下の文章を改めて読んでみるとなんか理屈っぽいな。論文みたい。いけないいけない・・・こういう調子で頭を使っている時は、体調が悪いことが多い。もっと軽くさらさらと書く(打つ)つもりだったんだったな。そうか!こーやって書いてみると自分のことが分かってくる訳で、そーいうのが日記の効用なんだな。あーまた理屈っぽくなりそう。あぶねーな。

  18日に国立音大でドラムセミナー。いつものと違うシンバルを使ってみたけど、まだよく性格がわかんない。日記の文章のキャラクターも日替わりメニューみたいでどうも決まらない。まじめな論調がいいのかな?でもそれだと頭が疲れるし・・・。

  もっと徒然草みたいに書けばよいのだけど、あんまり品が無いのも困るし・・。文章修行の道は遠いのであった。 

 
 2000/09/15     アボリジニになりたいのか?
  
  オリンピックの開会式である。「人間が集まっているということだけで既に祝福がある」といった文章をどこかで読んだ覚えがあるが、まさに“祝祭空間”であり感動と喜びの気持ちでいっぱいになる。演出は派手で金がかかっているしスケールもでかいのだが、なにか巨大なミュージカルを見ているようで釈然としない気持ちもある。セレモニーや開会式というイニシエーション(儀式)的なところの印象が薄いのかもしれない。

  自分は音楽をやって長く生きているのだが、ある出来事にすべての要素が盛り込まれている表現形態は芸術ではないと信じる。その意味での音楽会はファッションショーやトーク番組ではないし、絵画の展覧会で「このルノアールの絵にはドビッシーが似合う」などと言って音楽を流したら怒る人がたくさんいるはずだ。欠けている部分がその芸術ジャンルの本質を決定する。 ちかごろ総合芸術だとか、パフォーミングアートだなどという言い方が多いが、たんなるイベントかショーにすぎないのではないか。
  
  演出はかなりいろんな要素が見え隠れしていた。足長人間はモーリス・ベジャールだったり、タップや音楽アレンジはリバーダンスだな、でも音楽が「聞こえて」こない、なんか寂しいなぁ。「開会式はイベントです」と言われればそれまでか。リレハンメルかなんかの冬季オリンピックで歌ったシセル・シェルシェブーって言ったっけな、あの人良かったな。あと去年かな、全米バスケットの開会式に風呂桶・・ちがったフルオケでホイットニー・ヒューストンがアメリカ国歌を歌ったのは髪の毛が逆立つほど良かったな。おもわず「今日からアメリカ市民になります!」と宣言しまいそうだった。やっぱりアメリカか....コーラ飲んじゃお。いいなぁゴスペルは・・。
  ぼくの生徒が友達に「あんた将来なんになりたいの?」と聞いたら「フランス人」とマジに答えたのでぶっ飛んだ、と言っていた。うーん、オースラリア人にはなりたくないな、でもアボリジニはいいな・・。

 
 2000/09/14     ビートサッカー・ジャパン
 
 今日は美容院へ・・。きれいになったわ、うっふーん。(やめときなさいってば) 帰ってみるとサッカー中継、日本チームのオリンピック予選第一試合が始まっていた。
  
  ぼんやりと見ているうちに目が釘付けになり夢中で応援、あのヒデこと「中田英寿」ばっかリに目が行く。とにかく抜群のアンティシペーション(予測)と、50メートル上空からヘリで全部モニターしてるようなピンポイント・パスワークには恐れ入る。ジャズのすごいインプロビゼーションを聞いているようで、「うーん、これはキテルな」と感心しきり。他の選手も俊敏にプレーしていて気持ちがよい。なんかおいしいものを知ってしまったようで、少しワクワクする。
  
  以前の日の丸サッカーは集団主義的な印象でスピード感が無く、まったく好きじゃなかったのだが、今日からファンになってしまいそう。そういえば以前ドイツに行ったときテレビでサッカーを見ていたら、あんまり日本のそれとスピード感、(ビート感かな)が違うので、「おいおい、早送りでもしてんのか??」と思ったほどだ。今の日本代表はそんな感覚を身に付けているようで、やっぱり何事もリズム&ビートが必要ということか。今回のオリンピックは期待できそう?。結果は2対1で日本の勝ち、祝!。

 
 2000/09/13      ラーメンのゆとり

 このサイトを昨日アップロードして会社のみんなに報告したところ、すぐにアクセスしてくれたようで、 “文字化けしてますよ”、“やわらかい感じでいいですね”、“なんでラーメンどんぶり集めてるんですか” などなど、いろんな反応があっておもしろい。

  ちなみにぼくの関係者には中華料理店経営者はいない。まあ。よく考えてみるとラーメンを食べるときにはどんぶりの中には既にモノが湯気をたてて入っているわけで、器をゆっくり観察することはまず皆無と言える。近頃は中身が勝負と言わんばかりのゴテゴテラーメンが巷に多いが、茶道のようにまず「うつわ拝見いたします。」くらいの余裕がほしい。

  そんなこと言ってないではやく食べろよ!なんていう声が聞こえてきそうだが、まあ身近なとこからゆとりを取り戻していきたいと思っている自分の再確認というところか・・。 まずはこのダイアリー立ち上げをもって、文章修行のスタートとしたい。

 

江尻憲和ドラムダイアリー
Copyright© 2000 Norikazu Ejiri All rights reserved.

更新履歴+つぶやき

この4月から息子が所沢で一人暮らしになりました。大学二年生ですが郊外型キャンパスのため自宅から通うよりコストも時間も節約できます。おまけに大学の学生駐車場が月5,000円~?ではなく年間5,000円!なので、自家用車で通っています。こういった自立の予備トレのような生活は都心キャンパスに自宅から通うより良い経験ではないかな~と思ってます。

<2024年  謹賀新年>

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年賀状のやり取りは一昨年より取りやめとしております。

返信はしておりませんので、なにぞとご理解のほどお願いいたしますm(__)m

ドラムが上手くなる「秘密のメモ帳」更新しています!

先日67歳になりました。

息子の大学の学園祭に一人で行ったのですが、あまりの人込みでついていけません。

チア(BIG BEARS)の舞を見て元気を頂きました(^_-)-☆

夏が暑すぎるので、なるべく外出は避けています。

ある自動車販売の会社が主催した写真コンテストにスマホで撮って応募したところ、特選をいただきました(^_-)-☆

副賞賞金は2万円!ウナギでも食べようかな~。2023/08/25

ドラムが上手くなる「秘密のメモ帳」更新しています!

🌸新年度になりました。

ようやくコロナ禍から抜け出して、子供も春から大学生。ちゃんと所沢まで通えるのか?1限早起き頑張れ!!

<2023年  謹賀新年>

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

諸事情ありまして年賀状のやり取りは昨年より取りやめとしております。

返信はしておりませんので、なにぞとご理解のほどお願いいたしますm(__)m

※年賀状はご遠慮させていただいております。

 

昨年よりKM法人、個人を含めての年賀状によるご挨拶を

控えさせていただいております。江尻個人、母(介護施設入居中~おかげさまで元気にしております)への年賀状によるお心遣いはなにとぞご無用にてお願いいたします。

どうかご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

<施設入所のお知らせ>

母、江尻和子は令和4年4月より足立区内の民間老人介護施設に入所いたしました。コロナ禍でなかなか面会できませんが、フルタイム介護にて元気に過ごしております。

お手紙、年賀等いただいても返信が難しいため、ご辞退申しあげますこと、何卒ご了解いただきたく、ここにお願い申し上げます。

山の中でドラムセット練習。

サイレント系のシンバルとミュートタム+プロロジックのパッド。べードラはそのまま。このほうがボトムが聴こえてビートが分かりやすいんで、キックだけは普通に鳴ってますww

<2022 謹賀新年>

継続してコロナに備えよ~って、つまんない曲をダカーポして延々と演奏している感じですね。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

「血が出るなら、殺せるはずだ」if it bleeds, we can kill it.....プレデターより

<皆様にお知らせ>

年末から介護関係でのバタバタ、それに加えてプリンターの不調でどうにもならず、年賀状が返信できていません。

毎年頂いている方々には大変申し訳ありませんが、これを機会に今後の年賀状やりとりは遠慮させていただきたく存じます(虚礼廃止の流れ)

誠に勝手ながらご理解のほど宜しくお願い致します。

<2021年 謹賀新年>

 2020年は「禍=まがこと」の一年」でしたが、今年はそれらが祓われていきますよう、心より祈念いたします。

30歳の会社設立から34年。50歳からのシェルター建設から14年です。

いろいろなプロジェクトを手がけてきましたがあっという間ですね。

 

還暦からすでに5年が過ぎようとしています。

体力的にはまだまだ行けると思いますが、八方美人ではまとまりません。

人生100年時代と言われていますし、今後のライフシフトは必然でしょう。

 

生活のリストラ(酒、タバコは止めました)をすることで、65歳以降の自分の時間を確保し、もうすこし形のあるものを残せるように、日々努力していきたいと思っています。2020/師走